きょうは1月にも参加した「スポーツ・健康・体力づくりコンベンションIN奈良」というフォーラムに行ってきました。
前回も、矢田接骨院の先生方・キネティックフォーラムの講師の方々のお話には感銘を受けるばかりでしたが、きょうも、その連続でした。深く物事を考えていくことの未熟さを、自分に感じました。
きょう、お話させていただく中で、話題になったのは師匠と弟子の関係です。
「師匠っていうのはね、弟子の将来の責任まで負うわけでしょう。だから、下手なことは言えない。その子のことを考えたお話を言うんですよね。言い放しではないですよね。これが本来のあるべき姿なのではないでしょうか」。
最近、取材などをしていると、よく耳にするのが「教え魔」「教えたがり」という言葉。日本人の指導者にはそういう人が多いと。ほおっておけばいいものを、イチイチ横やりを入れるために、選手の気持ちが変わる。そこで責任を持ってくれればいいが、そこまで持って話していない。
ことしの新人で大注目を浴びた西武の雄星なんかがいい例ですよね。キャンプに来た人が各々に「あーしろ」「こーした方がいい」という。挙句、エースの涌井までもが、コーチでもないのに、勝手なアドバイスをする。
雄星が苦しんだ時、そういった人たちが手を差し伸べるのか。それが本来、教えるものの姿勢だと思うんです。
「教えてあげました。それで育たない選手はしりません」。
それって、コーチのあるべき姿じゃないと思う。だったら、まだ何も教えないコーチの方が僕はよっぽどいいコーチだと思います。
そういうコーチはね。選手がブレークした途端、言うんですよね。「俺があいつを育てたんだ」って。育てた分、何人をつぶしたかも言わないで…。
僕、個人的に思っているんですけど、日本のどの競技でもいいから名コーチっていわれる人ってどれくらいいるかと考えた時に、見当たらないなぁって。上に書いたような手柄をしまんするようなコーチはいっぱいいるとは思いますけど…。
先生がおっしゃられたように、「師匠と弟子」のような気持ちを持ち、自分の発言に責任を持てるコーチってどれくらいいるんだろうか。
そんなことを考えていると、今発売中のNumberのキムヨナの記事を思い出した。そこには、キムヨナのコーチたちは、大会前、バンクーバーに入ったキムヨナの取材を一切、拒否したそうですね。そして、練習後の取材などはすべて、コーチが受け持ったと。
キムヨナという弟子を助けるために、どんな批判も、どんな質問もコーチが請け負ったというわけでしょう。ただでさえ、プレッシャーのかかるキムヨナに対する配慮。いや、コーチにプロフェッショナルな精神があれば当然ですよね。
日本は真央ちゃんはメディアに出まくってましたよね。コーチは外人だと考えると、「日本」というくくりができないのかもしれないけど、これが「日本文化」なのかなぁという気がしてしまいます。
「師弟と弟子の関係というのは、本来は日本人の持っているよさのはずなんですけどね」と、先生はおっしゃられていました。 教える立場の人間にはぜひ、肝に銘じてもらいたいです。
自分の発言に責任を持てないのなら、教えるべきではない。
教えるのなら、その選手の将来の人生までもを見てやるくらいの気概でやって欲しい、と。
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