11年連続でドラフト指名選手を輩出し続けている四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックス。今年も10名以上に調査書が届いているというが、中でも注目を集めているのが大型遊撃手・加藤 響内野手である。

加藤は野球エリートの王道を歩んできた。東海大相模で山村 宗嘉内野手(現・西武)、西川 僚祐外野手(現・くふうハヤテベンチャーズ静岡)と共に高校通算35本塁打の右スラッガーとして鳴らし、大学は名門・東洋大へ進んだ。

が、突然野球部を退部。今年は大学に在籍したまま徳島球団でプレーをしていたのだ。そんな加藤のドラフト直前の心境とは――。

大学で挫折し「野球をやるつもりがなかった」

「あの時が初めての四国でした。でも、その時にはまさか四国アイランドリーグでプレーするとは全く思わなかったです」

加藤 響は懐かしそうに振り返る。

「あの時」とは2019年に同球場で行われた「高知学園創設120周年記念招待試合」のこと。当時、東海大相模はセンバツ出場(後に新型コロナウイルスの影響により中止)を確実にしており、後にプロ入りを果たす山村、西川の前を打つ3番だった加藤は、阪神にドラフト1位で入団した森木 大智投手(高知)から豪快なアーチを放つなど、まさに「超高校級」の名をほしいままにしていた。

 その後、東洋大でさらなるスケールアップを図ろうとした加藤。東都大学リーグ1部でも1年春から試合出場するなどエリート街道をひた走ると思われたが……。

 チームはその1年春に最下位、入れ替え戦にも敗れ、加藤は1年秋から2部リーグを戦うことに。3年秋には再び1部に復帰するも、加藤の出場機会は2試合2打席のみ。一時は「野球をやるつもりがない」心境になるほど大きな挫折を味わった。2024年、加藤は野球部を退部した。

 だが、そのあふれる才能を周囲が放っておくわけはない。様々な人々の協力を得て、加藤は東洋大に学籍をおいたまま徳島に入団する。「今振り返ると高校では少し天狗になっていた部分があった」と話す加藤は、四国・徳島の地で再び野球に打ち込むことになった。

徳島で技術だけでなく“心”も成長

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