四国アイランドリーグplus所属・愛媛マンダリンパイレーツの矢野 泰二郎捕手(済美)がヤクルトから5位指名を受けた。今年のドラフトでは”捕手不足”と言われていた中で、支配下は12球団を合わせても5人。大学生に限って言えば0人と厳しい判断が下されたが、なぜ22歳の独立リーガーは支配下指名を勝ち取ったのか。

4年目に急成長遂げた理由

 矢野の兄は弟と同じ済美出身の矢野 功一郎内野手(環太平洋大~地元テレビ局勤務)。2018年夏の甲子園で星稜ひ、まから延長13回タイブレークでの逆転満塁サヨナラアーチを放ったことでも知られている。

 2歳上の兄が成し遂げた快挙を済美の1年生部員としてアルプススタンドから見守った矢野は、二塁送球2秒を切る強肩捕手として知る人ぞ知る存在だった。が、彼の3年時はコロナ禍により甲子園大会は中止。自身も度重なるケガにより本来の実力を発揮しきれぬまま、次の進路を地元の独立リーグチーム・愛媛マンダリンパイレーツに定めた。

 しかし、ここでも入団2年目までは上甲 凌大捕手(現・DeNA)らの壁に阻まれ、正妻獲得はならず。3年目は後半戦に台頭したことで、はじめてNPB球団から調査書が届いたがドラフト指名にはあと一歩手が届かなかった。

 調査書獲得は矢野の成長を促す大きなきっかけとなった。「指名されるための基準ができた」ことにより、冬場には様々な部分で技術向上のアプローチを図ることができた。

 いくつかあげてみると、キャッチングでは様々な捕手の捕球法を動画で学んだ上で「まず捕ることを重視し、ボールを下から上に見ていく基本を外さず、ストライクボールを審判の方にストライクと言って頂ける」ことを意識したフレーミングを習得。二塁送球のベストタイムも1秒8台まで縮めた。ワンバウンドに対しての動きやイニング間のスローイングをより鍛え、投手への返球もより正確性を期すことにより、送球に強さと正確性が備わったという。

 打撃では、昨年107打数21安打1本塁打・打率.196に終わったことを踏まえて大改革を施した。スイングだけとっても、昨年までのバットを担いでから最短で叩く形から、構えを深く取ってから足腰を使ってレベル気味に振る形に変更。夏場を越えると打率も急上昇し始め、レギュラーシーズンでは178打数54安打4本塁打で打率.303の好成績を残した。

スカウトに印象付けたチャンピオンシップでの活躍

東京ヤクルト・橿淵 聡スカウトデスク(右端)押尾 健一スカウト(左端)と握手する愛媛MP・矢野 泰二郎と廣澤 優

 また、「投手陣とコミュニケーションを取って、その日のベストボールを決めて配球するようになった」と、リード面でも日に日に成長の跡が見られるように。その集大成となったのがレギュラーシーズンでは前後期共に圧倒された徳島インディゴソックスとのトリドール杯リーグチャンピオンシップである。

 年間王者を決める試合では、徳島1勝のアドバンテージを覆し、愛媛が2連勝で大下克上を達成。その中で、矢野は周到に大会前から罠を仕掛けた。

 後期最終カードとなった9月15日の徳島戦では、本人曰く「気合いで」3度の二盗阻止を決め、相手の強みであった機動力を封じることに成功。加えて4番の加藤 響(DeNA・3位指名)ら切れ目がない徳島打線に対してもデータをつかんだ上で、その後のチャンピオンシップでは主導権を握らせないリードを貫いた。

「今年は練習から目の色を変えて取り組んでいた」と背番号「2」の努力を認めた愛媛の弓岡 敬二郎監督(元オリックス2軍監督)。歓喜の胴上げ直後には「安心してNPBへ送り出せる選手になった」にこやかに話したことからも、矢野へ全幅の信頼を置いていた現れだろう。

 矢野の快進撃は日本独立リーググランドチャンピオンシップの地、栃木県小山市でも続く。日本海リーグの覇者・石川ミリオンスターズとの初戦では1回表先頭打者の二盗をタイム1秒83のドンピシャ阻止。「相手の足を封じることができた」と本人も納得の強肩を見せつけると、打撃でも決勝打。チームは準決勝で敗れたものの「やの・たいじろう」の名は確実に独立リーグファンの脳裏に刻まれた。

 そしてこの中四国地区を担当するNPBスカウトの記憶にも。「グランドチャンピオンシップでの二盗阻止が一番印象に残っている」と振り返ったのはヤクルトの押尾 健一スカウトである。「去年と比べて明らかにレベルアップしたのが目に見えてわかった」と今季早くから矢野に熱視線を送っていた中、「守備力も伸びたし、バッティングも勝負強さやしぶとさがついたし、リード面も吸収力があってプロの世界でもやれる」と判断した結果、必然の5位指名に。10月28日の指名あいさつでは「みんなに信頼され『矢野で負けたならしょうがない』と思えるキャッチャーになってほしい」とエールを送った。

 実は子どものころから地元・坊っちゃんスタジアムでの東京ヤクルトスワローズ公式戦や秋季キャンプに何度も足を運んでいた矢野。「これから練習を積んでキャンプからアピールしたい」と意気込む22歳は、179センチ80キロの均整がとれた身体と積み上げた技術力、加えて「自分はライバルと思っている」と語る同学年の内山 壮真(星稜)をはじめとする先輩捕手との闘争を勝ち抜く闘志。

 そして「これまで自分はずっと『矢野功一郎の弟』と言われてきたけれど、今度は兄が『あの矢野泰二郎の兄』と言ってもらえるような」故郷・愛媛県に明るい話題を提供する決意も胸に、神宮に歓喜を呼び起こす女房役への道を切り拓いていく。