DeNAの日本一で幕を閉じた2024年のプロ野球。オフシーズンには契約更改やFA移籍などの情報が飛び交い、来季に向けた動きも加速する中で、中日の加藤 竜馬投手(大阪偕星―亜細亜大―東邦ガス)が野手転向を発表。昨年のドラフトで6位入団を果たしたが、2軍では9試合で防御率6.48とアピールできず、野手として再スタートを切る。
同チームは井上 一樹新監督をはじめ、川越 誠司外野手(北海―北海学園大)や岡林 勇希外野手(菰野)ら、プロ入り後に野手転向を経験している選手も多く、環境が整っていることは好影響だろう。近年は日本ハムでプレーした白村 明弘(慶応―慶応義塾大=現・四国アイランドリーグ・香川OG)、オリックスの佐野 皓大外野手(大分)ら、野手転向を決断した選手も少なくないが、実際に活躍した選手にはどのような選手がいるのだろうか。
2000年以降で一番の成功例としてあげられるのは日本ハムなどで活躍した糸井 嘉男氏(宮津―近畿大)だろう。プロ入り後、2年は投手して2軍でプレーしたが06年に外野手に挑戦。翌07年に1軍デビューを果たすと、09年に131試合で打率.306、15本塁打、58打点の好成績を残し、ベストナインとゴールデングラブを獲得。同年の侍ジャパンに選出され、代表入り後も非凡な打撃センスで6年連続打率3割をマークし、オリックス移籍後の14年には首位打者、16年には史上最年長での盗塁王を受賞した。阪神移籍後も6年プレーし、300盗塁を達成するなどまさに走攻守三拍子そろった野球人として球史に名を残している。
加藤と同様に早めの決断を下し、成功を収めたのがロッテで活躍した福浦 和也氏(習志野)だ。93年にドラフト7位で入団すると、1年目から野手として出場して2軍で打撃を磨いた。97年のデビューからブレイクを果たすと、01年に打率.346で首位打者を獲得した。10年にはシーズン3位からの下剋上で日本一に貢献し自身初のベストナインに選出。18年に2000本安打を達成した「幕張の安打製造機」はゴールデングラブも3度受賞するなど、攻守で長年チームを支え続けた。
「下剋上」で日本一を達成した横浜で打撃コーチを務める石井 琢朗氏(足利工)もその筆頭だ。投手としてはプロ入り3年間で1勝に終わったが、4年目の92年から内野手転向。翌93年に24盗塁で盗塁王を獲得すると、以降は不動のリードオフマンとして活躍した。09年からは広島でプレーして通算2432安打を放っている。
他にも昭和世代では「打撃の神様」として知られる川上 哲治氏(熊本工)や自慢の快足で巨人のV9に貢献した柴田 勲氏(法政二)、平成に入っても02年に投手としてドラフト1位で入団したヤクルトの雄平氏(高井 雄平・東北)が14年にベストナイン、15年のリーグ優勝にも貢献している
果たして加藤の決断は吉と出るのか。来季以降の活躍に注目だ。