大手コンサルで勤務する敏腕サラリーマンがコーチ?!

しかし「時間がかかるんですよ」と熊谷監督が話すように、選手たちの自主性を信じ、指揮官の考えを理解させるまでには時間を要する。野村主将も「正直難しい」と苦労している模様。でも、どうしてこうした野球をやるのか。

熊谷監督は高校時代を早稲田実の野球部で3年間を過ごした。その後、早稲田大でも継続したが、その早稲田実で指導を受けたのが、現在もチームを指揮する和泉実監督。その師匠にあたる和田明さんから指導を受けていた野球こそが、気づきの野球だったというわけだ。

自分に足りない技術を自ら考え、頭と体で試行錯誤しながら、基礎を習得して土台を作ったという。さらにその和田明さんの師匠にあたる内田梅吉さんは、狭山ケ丘野球部の創設期に監督として指揮を執り、狭山ケ丘野球部を強化した。代々受け継がれるその教えを狭山ケ丘でも実践しており、選手たちに必要以上に教えようとしない。教えない教えといったところだろう。

そのためか、取材日のグラウンドには数多くのコーチ陣がひっきりなしに足を運んで、選手たちに積極的に指導をしている。ただコーチ全員が学校の職員というわけではない。普段は別の仕事をしながら、時間を見つけてグラウンドに足を運んでくるという。

「選手たちの気づきを一つでも増やしてあげたいと思って指導しています」というのが、ヘッドコーチの前迫篤男さん。現在はとある大手コンサルティングファームに勤務している。熊谷監督とは早稲田実、早稲田大でともにプレー。熊谷監督が再就任したのを機に、盟友として、足を運んでいるという。

社会人としても経験豊富な前迫さん。そのキャリアを生かしながら、熊谷監督同様に早稲田実時代で学んだ気づきの野球を伝えているという。

「正確な現状把握と実現可能な目標設定は、コンサルティングの基本です。野球もそこは同じで、現状と目標の間にあるギャップを埋めるために練習、準備をやって結果を出すようにしますよね。けど、現状や目標を見間違えたら、目標達成のために必要な練習の量や質が変わります。だからその設定をしっかりやろうと。
とはいえ、当たり前ですが、選手は自分のことを過大評価することもある。だからある程度、大枠となる練習を選手たちにこなしてもらいながら、我々指導者が声をかけたり、選手同士で指摘し合ってもらうようにすることで、まずは客観的に現在地に気づいてもらいたいなと。そこから目標を設定することで、技術面やフィジカル面などの課題が出てきますが、何を選択してどう実践するかは各選手に委ねています。我々は選手の野球歴をリスペクトしていますし、選手ごとに目標や価値観は違って当然なので、そこは尊重しようという姿勢です」

熊谷監督も「選手の気づきに至るまでの選択肢を増やしてあげたい。なので多くの方々に練習や試合に来ていただいて、選手達をいろんな面から見てもらいたい。何事にもオープンな野球部でありたいと思っています」と話す。

取材日、投手陣はピッチングをしている選手がいたが、その近くには他の投手が練習を見守る姿があった。前迫さんが話す選手同士が指摘し合う環境が、そこにあった。

また野手陣は、狭山ケ丘OBで、東北福祉大から本田技研、鷺宮製作所と渡り歩いた東宮立家さんの「量をこなして鍛える、覚える」指導のもとで、ハードな練習メニューを、選手同士で声を掛け合いながら取り組む姿があった。

野村主将は、「練習量が結構増えました」と苦労しているようだが、そのおかげで「(夏は)スイングは強くなり、対応力も向上した」と手ごたえは十分。また「仲間同士で励まし合いながら、出来ていない選手がいれば『やれよ』って声をかけているので、全員でこなせている」と全員で乗り越えていくなかで、組織力の向上にもつながっているようだ。

組織力で埼玉の頂点へ

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