ソフトバンクは巨人に移籍した甲斐拓也捕手(楊志館)のFA移籍にともない、人的補償として伊藤 優輔投手(小山台)が入団することを発表した。
伊藤は小山台時代、1年秋からエースとして活躍し、2年秋には都大会ベスト8入りを果たした。3年春には21世紀枠として初の甲子園出場を決め、センバツ初戦では履正社と対戦したが、持ち味を発揮せず、8回11失点を喫し、初戦敗退に終わっている。
中央大では通算8勝をマークし、卒業後は三菱パワー(現・三菱重工East)でプレーした。先発・中継ぎで活躍し、最速155キロ右腕として注目され、20年のドラフトでは巨人から4位指名を受けた。ドラフト後は、ENEOSの補強選手として都市対抗に出場し、自己最速の156キロをマークした。
巨人入り後は故障に苦しみ、1年目オフにトミー・ジョン手術を経験した。22年から24年の途中まで育成選手としてプレーし、24年の7月24日に支配下登録に復帰し、一軍8試合登板で、防御率1.04だった。
1995年からFAの人的補償による移籍が始まったが、育成経験している選手の移籍はオリックスから西武に移籍した22年の張 奕投手以来、3年ぶり。過去14名が移籍している巨人では史上初の事例である。
【巨人から人的補償で他球団に移籍した選手】
95年 川辺忠義投手(秋田工-川崎製鉄千葉) →日本ハム
01年 平松一宏投手(倉敷商-広島経済大-JR西日本)→中日
05年 小田 幸平捕手(市川-三菱重工神戸)→中日
05年 江藤 智内野手(関東)→西武
06年 工藤 公康投手(愛工大名電)→横浜
11年 藤井 秀悟投手(今治西)→横浜
13年 一岡 竜司投手(藤蔭-沖データコンピュータ教育学院)→広島
脇谷 亮太内野手(柳ケ浦-日本文理大-NTT西日本)→西武
14年 奥村 展征内野手(日大山形)→ヤクルト
16年 平良 拳太郎投手(北山)→DeNA
17年 高木 勇人投手(三重・海星- 三菱重工名古屋)→西武
18年 内海 哲也投手(敦賀気比-東京ガス)→西武
長野 久義外野手(筑陽学園-日本大-Honda)→広島
20年 田中 俊太内野手(東海大相模-東海大-日立製作所)→DeNA