「これからの時代、極論すれば、教えたがりの指導者は要りません。指導者は上達のヒントを与え、選手自らが、何を解決するのか考えさせる必要があります」
と語るのが、枚方ボーイズで指揮を執る鍛治舎巧監督だ。14年4月から24年8月まで秀岳館(熊本)、県岐阜商(岐阜)の監督を務め、計8度の甲子園に出場し、退任後は古巣である枚方ボーイズに戻った。
鍛治舎監督に現在の高校野球で頂点をつかむチームの特徴について話を聞くと、技術論、チームビルディング論などを熱弁を振るった。そして今回は選手の野球脳を鍛えるための手法を明かした。
指導者が根気強く野球を教えることが非凡な練習の近道だ
——そういった野球脳を鍛えるには日頃から教えていかないと身につかないですよね。
鍛治舎監督 楽しみながら四六時中、野球のことを考える。野球小僧みたいな子が多く集まればいいのですが、今の選手たちは野球以外にも興味が湧くものが多くありますから。好きなものが4つ、5つある中での野球ですよね。私たちの時代の、野球、勉強と二者択一の時代から、様々な興味がある中で野球はその1つという時代になっています。絶えず練習メニューを変えて、どう対応すべきか主体的に考える習慣を身につける。自主、自立、自治集団を、いかにして造り上げるか、それは指導者の腕にかかっています。
——ある指導者が「野球脳を鍛えるには野球中継を見ながら配球を考えるのが一番だけど、今の選手たちはなかなか野球中継を見ない。ゲームなどに興味あることに夢中になってしまうので、なかなか野球を覚えられない」と嘆いていました。
鍛治舎監督 秀岳館、県岐阜商の時もそういう選手たちが多かったので、配球の基本となるドリルを作りました。ストライクゾーンを9分割して、右投手対右打者、左投手対左打者。その逆のケースも含め、配球パターンをABCDEと造り上げ、バッテリーに印刷して渡しました。
初球からストライクになった場合、ボールになった場合、どうすればいいか。そして打者はタイプ別に整理して、プルヒッター、アベレージヒッター、ホームランバッター、小技が上手い打者…など各打者のタイプを分け、攻め方を提示する。
さらにカウント、点差状況によってどういう配球が正解なのか、それをまとめたマニュアルを全部作りました。指導者がここまでやらないと選手たちは考えません。それを渡すと、選手たちは一定程度マスターして、やり始めるんですよ。試合になると、バッテリーで「今日はC パターンでやっていこう」等と話をするようになりました。
選手たちに、そこまでやってあげれば、彼らは、しっかり理解して着実に実行し、反省し、次のアクションに繋げていきます。
選手たちの思考力を養うには「押し付け」や「言ったつもり」は厳禁です。なにか失敗した時「こうすればいいんだ!前にも言っただろ!」は禁句。結果論で叱っていても勝てないですし、目指す非凡な野球からは程遠い。
——鍛治舎監督が配球の方程式を作ったんですね。
鍛治舎監督 勝つための方程式を作って、それを何パターンも理解してもらう。無死一塁だったら、バントをさせないためにはどういうボールを投げればいいのか。一死一塁だとヒットエンドランをする可能性が高くなるので、どういう配球をすればいいのか。ランナー三塁で外野フライを避けて、内野ゴロを打たせるには初球は何から入ればいいのか。スクイズ対策に適した配球は...そういった対処法をまとめたものも、一から作りました。
実は県岐阜商の監督をやめたあとの昨年9月にこの配球マニュアルと、メンタル強化、フィジカル強化をまとめた約130ページ程の冊子を部長経由で岐阜高野連の専務理事にお渡ししています。部長が危機感から手元に残して、渡してなければ、実に申し訳ない(笑)
そうした理由は、岐阜で1校だけ断トツで強くても、甲子園では勝てないからです。先ずは甲子園レベルのチームが7、8チームひしめきあってどこが出るか分からない県にすること。県内で高いレベルで競い合うことにより、実力伯仲の甲子園でも競り負けしないチームを造り上げることが狙いです。
県岐阜商の配球の基本をオープンにしましたから、それを凌駕する野球をやらないといけなくなった母校は、これから大変です。新監督には苦労をかけます。
——これからはスケールの大きい野球と細かい野球を両立させていく必要がありますね。
鍛治舎監督 点取りゲームの野球において、ランナーを進める進塁打をしっかりと打つ技術は重要です。ランナーの後ろへ打つこと。左打者ならば引っ張る、右打者ならば逆方向へ強い打球を打つ。走者の後ろへ打つことができれば、前の走者がアウトになる確率は少なくなるし、よりホームに近くなり得点期待値が高くなります。
逆方向へ打ち返す意識を持つとミートポイントは近くなりボールを長く見る時間が増えるので、ミート力も高くなり、バットを内側から出すことによって、ヒットになる確率も高くなります。
新基準バット初年度の夏によく見られたのは、130キロに届かない技巧派左腕のチェンジアップ、スライダーに翻弄された打者が多かったことです。なぜそうなるのかというと、右打者の相当数は、右手を深く握っているので、絞りが効かず、楕円というよりは円に近い横振りのスイングになってしまう。その結果、ミートポイントは1点で捉えることになり、膝元に落ちてくる低めの変化球が打てません。球の内側から捉えにいく握り、フォームにすることで、ミートポイントを面で捉えることができるので、低めの変化球も打ち返せる。対左投手に限らず、そういう打撃ができるようにして欲しいですね。