<文部科学大臣杯第76回全日本大学準硬式野球選手権大会:愛知大1-7中央大>◇27日◇準決勝◇さがみどりの森県営野球場
24日から始まった文部科学大臣杯第76回全日本大学準硬式野球選手権大会は、いよいよ準決勝が27日に開催。第1試合は中央大が7対1で愛知大を下して2017年以来となる決勝進出となった。
1対1で迎えた5回に、中央大の5番・岩井 大和内野手(3年=東海大菅生出身)の適時打などで3点を追加して逆転に成功。続く6回にも4番・佐竹 秀也外野手(4年=県岐阜商出身)の適時打で7対1とした中央大。そのまま愛知大に反撃を許さずに、準決勝を制した。
「定評通り、強い相手でしたね。でも純粋に野球を楽しむ、愛大らしさを全開に出せた試合だったので、非常に楽しかったです」
そういって愛知大主将・岩田涼外野手(4年=県岐阜商出身)は清々しい表情で準決勝を振り返った。試合終了の瞬間も、天を仰ぎながらも悔いのない表情をしていたが、試合中はベンチの最前線に仲間へ声援を送り、主将としてチームを鼓舞し続ける姿が見受けられた。
「自分についてきてくれた同級生や後輩たちといった、周りに支えられてここまでこれた」という感謝の思いもあるからだろうが、一番はチームカラーだろう。
「自分たちの代が発足した時から、『全国制覇』っていう目標は掲げていました。そのために、主将として特別なことはしていないですが、全員が主将のつもりで意見をぶつけ合いました。それが理由でトラブルもありましたけど、劣勢でも逆に楽しんでしまうような、純粋に野球を楽しむことがあったから、こうした結果になったと思います」
指揮官・田代大介監督も「4年生同士でぶつかることもありましたけど、よくまとめてくれました」と主将としての働きぶりを称賛。東海地区を中心に、様々な学校から集まった50人のチームをまとめた点も含めても、岩田の働きなくして24年ぶりのベスト4はないだろう。
そんな岩田だが、最初の時は「レベルはワンランク下がってしまうのかな」と心配することもあったという。県岐阜商時代に甲子園を経験しているからこそ、物足りないと感じるのは十分考えられる。しかし、「リーグ戦で6割をマークする先輩などもいたので、『うかうかしていられない。頑張らないといけない』と思って頑張りました」と準硬式のレベルの高さに刺激を受けて、4年間戦い続けた。
迎えた集大成の夏、東海地区の強豪・中京大に勝利するなど、2000年以来のベスト4へチームを導き、準決勝でも適時打を含む2安打をマークする活躍を見せた。
主将として、そして選手としてもチームを牽引してきたが、その根底にあったのは、県岐阜商での3年間だ。
「アップだけでもきつし、練習にも緊張感があって大変でした。でも、それで力を付けられたので、甲子園交流試合に出場できた。野球に対しても熱くなれましたし、技術的にも成長したのは鍛治舎監督のおかげですけど、特に覚えているのは『思わなければ叶わない』っていうのは支えになっています。まずは気持ち、『絶対に優勝できる。絶対に勝てる』って思う大切さを教わったので、今日も『絶対に勝てるよ』って信じて戦いました」
8月を持って勇退した名将の言葉を胸に、最後まで戦った岩田だが、岩田に刺激を与えていたのは恩師だけではない。
「佐々木も青学で主将をしているので、同じ主将の立ち位置として相談に乗ってもらったり、どんなことをしているか聞いたりしたこともありますけど、一番は主将が打たないとチームは勝てないことですかね。あいつは、高校最後の試合でホームランを打ったり、良いところで打っていると思ったりしていたので、自分のプレーを見つめ直して頑張りました」
県岐阜商でともに汗を流し、現在はドラフト候補にも数えられる青山学院大の主将・佐々木泰内野手の存在も、主将・岩田のことを支え、力を与えていた。
恩師、そして仲間たちに恵まれて、野球人生最後の試合を戦い切った岩田。実は中央大4番・佐竹も県岐阜商の同級生で、前日にも連絡を取り合っていたという。
「2塁に来ると、こっちを見て凄くニヤニヤしてたんですよね。アイツとは中学、高校が同じチームで、キャッチボールもストレッチもパートナーだった。家にも遊びに行ったことがあるくらい仲いい佐竹と、全国で戦えたのは感慨深いし、幸せな時間でした」
最後に親友との思い出を語った岩田。去り際に涙はなく、最後まで爽やかな面持ちでグラウンドを去った。