<文部科学大臣杯第76回全日本大学準硬式野球選手権大会:九州産業大1-2中央大>◇28日◇決勝◇さがみどりの森県営野球場
地元・九州の王者として、3度目の日本一を目指した九州産業大。28日、文部科学大臣杯第76回全日本大学準硬式野球選手権大会の決勝戦で中央大と対戦し、1対2で競り負け、悲願達成とはならなかった。
「あそこでホームを踏めるか、否か。そこが勝敗を分けるものだと思いました」
1対2の1点差、9回一死3塁。3塁ベース上にいた、九州産業大の主将・城戸駿利内野手(4年=東福岡出身)は、スクイズでホームに突っ込んだが、三本間に挟まれ、最後は中央大の主将・功刀史也内野手(4年=山梨学院出身)にタッチされてアウト。同点のホームを踏むことなく、チームも敗れた。
「練習をずっとしていましたし、あそこは勝負する場面。失敗しても仕方ない」とスクイズ失敗を悔やむことなく、受け入れていた城戸主将。むしろ、「5連戦の経験はなくて体力がきつい中、ベンチや控え選手のサポートのおかげで決勝まで勝ち上がれた」と仲間たちへの感謝の言葉を語った。
奥村浩正監督いわく、城戸主将は「チームマネジメント、発言力、行動力のある選手」だという。それがあってか、満場一致で主将に就任。「(周りの期待を)裏切れない」と主将の看板を背負ったが、最初の船出は思い通りの結果ではなかった。
エース・椋木翔太投手(4年=星琳出身)と森 将太郎捕手(4年=星琳出身)の7年間バッテリーを中心に、「最初から期待されていた」という状況だったが、秋の九州選手権はベスト4止まり。「優勝することを目標にしていたので、『チーム的にどうなんだ』って議論になりました」ということで、4年生が中心になって話し合いが続いた。
学生コーチ・吉村南杜さんをはじめ、ポジションのリーダーなどともミーティングを重ねて、下級生に伝えていく作業を繰り返した。それでもオフシーズンは長く、目標は見失いがち。「最初は上手くいきませんでした」と、城戸主将のなかでも苦労はあった。
だからこそ、城戸主将はチームメイトにも厳しくあたった。
「練習で手を抜く選手がいれば、『練習場所以外のところを走っておけばいい』とか、『もういらないから』みたいなことは言ったことがあります。
入学してから、3年連続で全日大会は1回戦敗退。しかも全部接戦で負けているんです。その悔しさを忘れたくなかったこともあるんですが、野球以外のところで細かいところにこだわってやらないとダメだと思ったんです。
もちろん、野球に直接関係しているかわかりません。けど、そういったところをやっていく中で、接戦でも勝てるチームに近づけると思ったんです」
こうして迎えた5月、全日大会出場がかかった九州選手権で優勝。全日大会への切符を掴むことができたが、城戸主将は手を抜かない。
「大会までの3か月の頑張りで、チームの成長が変わる。強いチームになれる」と思い、昨年の3倍近い練習量をチーム全体でこなした。
練習から妥協を許さない城戸主将。だからこそ、試合では「お祭り気分でやろう」とのびのびとやるようにチームを鼓舞する。その結果、「自分たちでも驚く試合展開ができた」と、戦っていく中で力を付けていき、決勝戦までたどり着いた。
迎えた決勝戦、第3打席までは快音が響いていなかったが、9回に回ってきた第4打席は「どんな球でも『ストライクだったら振ろう』という気持ちでした。気持ちで負けたらいけないと思ったので、そこは迷わずスイングをかけてきました」という積極性で、初球からスイング。4球目をセンターへ運び、後続の同級生に託した。
その後、3塁までたどり着くも、あと一歩届かず。準優勝に終わった城戸主将。選手として継続するのはここまでで、野球人生最後の試合となった。
「東福岡ではレギュラーでしたけど、大学で継続する不安や勉強との両立、その上で出来る限りレベルの高いところを考えて、準硬式の道を選びました。結果的に野球に没頭してしまいましたけど、そこに悔いはありません。本当に刺激的で、楽しい野球人生でした」
そんな城戸主将にとって準硬式とは何だったのか。
「高校野球とは全く違い、選手主体のチームになるので、何をするにも選手が決めるチームばかりです。そこに楽しみがありますし、試合になればこういうしびれるような戦いができるところです。大学準硬式野球に感謝しかありません」
そう話す城戸主将の表情は、どこかスッキリしているようにも見えた。準硬式での4年間に充実感、そして感謝の思いを胸に、社会人という新たなステージでも活躍して欲しい。