中学時代から高卒プロにいけると直感した今朝丸裕喜
関メディベースボール学院中等部・井戸 伸年監督
中学時代から細身の長身投手だった今朝丸を見て、井戸監督は高卒でプロにいける投手だと確信していたという。
「今も細いですけど、中学時代はもっと細かった。ただ投げ方が良くて、投球センスは抜群。ストライクが入らないということはありませんでした。
中学2年生の時にプロにいけるだろうという成長を見せてきて、高校入学前には「行ける!」と確信するまでに成長しましたし、それを期待して、高校に送り出しました。報徳学園での3年間を見ると、投げ方も変わっていないですし、いい形をしっかりと伸ばしてもらったなと思います」
今朝丸は2年春のセンバツで最速141キロだったが、最終的には最速151キロに到達した。井戸監督は今朝丸の中学3年間はウエイトトレーニングをさせず、基礎固めを行ったという。
「当時は身長も伸びている時期でしたので、うちはトレーナーと相談しながら、成長期に合ったトレーニングをさせていました。中学生の段階で勝ちを求めることはしません。彼らは勝ちたい気持ちはあるかもしれないですけど、指導者がストップをかけながら接しています。高校3年間の成長を見ると、コンディショニング重視でしっかりとやってもらいましたね」
甲子園優勝投手となった中崎と今朝丸、甲子園に出場した山田 晃誉投手(鳥取城北)がチームの三本柱だった。
「今朝丸も含め、良い投手が揃っていたので、投手陣を無理させずに育てることができました。中崎のコントロールの良さは中学時代から健在でした。フォームも変わっていないですし、その形のまま速くなりましたね」
中崎はセンスの良さを見込まれて、京都国際への入学が決まった。直球も120キロ台だったのが、130キロ台、140キロ台と順調に出力が上がって、全国制覇につながった。
関メディ学院からは今朝丸・中崎を含めて7選手が夏の甲子園に出場した。
「春は今朝丸で準優勝、夏は中崎で優勝と金銀メダルの両方をとってくれました。2人とも中学時代から素質の良さを感じていましたが、ここまでの結果は予想もしていませんでしたし、最高の形で締めくくれて良かったです。教え子たちが多く出場した今年の甲子園は楽しく見させてもらいました」