「プロ志望届を出します」

 そう宣言したのは、徳島大会決勝で敗れた阿南光のエース右腕・吉岡 暖投手(3年)だ。試合終了直後の涙はもうそこにはなかった。

 吉岡は今春センバツ出場を果たすと、多彩な変化球と持ち前の制球力を武器にチームのベスト8進出に大きく貢献。ドラフト候補として一躍脚光を浴びた。

 センバツ直後の高校日本代表候補合宿メンバーにも選出されると、6月に行われた徳島県高野連招待試合では、大阪桐蔭を相手に完投勝利をあげる活躍を見せていた。今夏の徳島大会でも躍動が期待され、チームは2季連続の甲子園を狙ったが惜しくも決勝で鳴門渦潮に敗れ、聖地への切符を逃すこととなった。

 プロ注目右腕は今夏、苦しい登板が続いた。準々決勝・徳島科学技術戦では直球が130キロ後半までしか上がらず「打席から10メートルの位置から練習をしてきた」(北谷 雄一監督)という徳島科学技術打線の餌食に。

 某NPB球団スカウトA氏がため息まじりに「悪すぎるねえ……」とつぶやくほど、中盤までの吉岡は厳しい内容だった。それでも、7回表を迎えると「身体の前で離すリリースの感覚が合った」と吉岡のピッチングは文字通り豹変する。球速以上にストレートの勢い、変化球の落差が増し、8回表にはこの日最速の142キロを計測。この回は捕逸で再び同点に追いつかれたものの、その裏には自ら勝ち越し打を放って14奪三振完投勝利。「しり上がりによくなったね」とNPBスカウトB氏も、このギアが入った姿には満足げな表情を浮かべていた。

 鳴門渦潮との決勝戦。視察に訪れていたNPB球団スカウトC氏は「この大会で一番いい状態だね」というほどの好投を見せた。ストレートは常時140キロを超え、要所で130キロ前半のカットボールも披露。この日最速の145キロを8回裏に出すなど持ち味のスタミナも健在だった。しかし、潜在能力に勝る選手の多い鳴門渦潮のスイングは想像以上。9回を終わって決着はつかず試合は延長タイブレークへ。そして2点を勝ち越し5対3とした10回裏。吉岡は一死二・三塁から連打を浴び、ついに力尽きた。

 表彰式やヤング阿南シティーホープ時代からバッテリーを組んだ井坂 琉星(3年主将)とのキャッチボールでは涙が止まらなかった吉岡。だが、吉岡にはまだ夢の続きがある。事実、最後の瞬間まで唯一見続けた・D氏は「よくがんばったと思います。まずはゆっくり休んでほしい」と彼をねぎらった後、「また練習を見ようと思います」と続けていた。

夏に向け仕込んでいた秘策「髙尾カット」

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