大爆発でプロから注目も…悔しい日々を過ごした静岡のスラッガー・安本竜二
法政大時代の安本
2人目はENEOSの安本 竜二内野手(静岡)です。安本選手の名前を初めて聞いたのは2014年夏。甲子園に出場し、パンチ力のある打者という印象を受けました。安本選手の才能が開花したのは2年秋で、静岡大会、東海大会合わせて4本塁打を記録。当時の打線は出場校最多の12本塁打、チーム打率.421もチームトップで、超強力打線として注目を浴びており、安本選手は主将としてチームを牽引してきました。秋の映像を見ていてもこんな楽しみなスラッガーがいるのかとワクワクしました。
センバツ前に取材を行い、より長打力アップに取り組んできたと語っていましたが、センバツでは11打数2安打に終わり、最終学年は大きな活躍することができず、プロ入りを断念しました。法政大の下級生の時のインタビューではこう明かしました。
「僕はもともとホームランバッターではないのに、秋の公式戦で4本打ったことで、長打を求めるようになってしまったんです。センバツ前からフォームを崩していて、甲子園でも打てるイメージはありませんでした。いま思うと(プロ入りにつながるチャンスだったのに)もったいないことをしたな、と。これではプロには行けないと、進路も大学進学へとシフトチェンジしました」
ただ下級生の時もなかなか結果を残せませんでした。木製バットの対応、レベルの高い投手との対戦。一から打撃フォームを見直しました。
「理に適った正しいフォームなら、金属でも木製でも打てると思うんですが、僕はそうというカタチで打てていなかったんです。高校の時はとにかく強い打球を打とう、の一辺倒で、そのためにどうするか、というのを深く考えたこともなかったですし…ムダな動きもしていたと思います」
この取り組みは最終学年に実ります。4年春にリーグタイ記録となる5試合連続を含む6本塁打を記録。その勢いで大学日本代表も経験します。勝負を狙った4年秋は13打数0安打に終わり、結果として指名漏れ。ENEOSで5年間プレーし、レギュラーとして試合にも出場しましたが、今年で引退しました。
安本選手の同期には堀内 謙伍捕手(楽天)、1学年下には鈴木 将平外野手(西武-ハヤテ)とプロ入りした選手がいました。彼らに負けないパワーを持ったスラッガーだったと思いますし、プロで見たかった選手です。
持ち味を出すのに苦労した感じはありますが、レベルの高い投手に対応するために取り組んだ日々は財産になったと思います。
選手人生は今年限りとなりますが、これからも野球界で名が聞けることを期待したいです。
各企業の引退者を見ると、長く活躍した選手、惜しくもプロ入りを逃した選手もいました。こうした中から自分の経験を活かして、いつか指導者として再会できることを心待ちにしております。