音楽プロデューサーとしてCHEMISTRYやいきものがかりの結成、デビューなどで手腕を発揮する一方で、半世紀を超えるアマチュア野球観戦により野球の目利きでもある一志順夫。連載コラム「白球交差点」は、彼独自のエンタメ視点で過去と現在の野球シーンとその時代を縦横無尽に活写していきます。
今選抜で最もインプレッシブだった浦和実の健闘を支えた変則左腕エース
第97回選抜高校野球は、準決勝で健大高崎との事実上の決勝戦を制し昨秋の関東大会の返り討ちをした横浜が、決勝で智弁和歌山を下し栄冠に輝いた。今大会の総括は他メディアに譲るとして、最もインプレッシブだったのは、予想外ともいえるベスト4に進出した浦和実の健闘ぶりだった。
浦和実には個人的に少々馴染みがある。筆者が大学生時代、大手予備校模試の試験官アルバイトで度々訪問したことがあったのだ。当時の自宅からは交通アクセスが悪く、西武線と武蔵野線を乗り継ぎ南浦和駅からも線路沿いにかなり歩いた記憶がある。かれこれ40年以上前のこの頃はまだ野球での実績もなく、無名のどこにでもある私学という印象だった。
今年創部50年を迎える浦和実は、この選抜大会の出場が春夏通じ初の甲子園切符であった。近年では、2019年に2年生エース豆田 泰志(西武)を擁し春の県大会準優勝、夏も宿敵浦和学院を破りベスト8に進出したのが記憶に新しい。浦和実は、過去1991年巨人からドラフト2位指名された小原沢 重頼(城西大)、2007年の西武ドラフト1位平野 将光(平成国際大-JR東日本)という2人のプロ野球選手も輩出していて、県を代表する強豪校の一角を占めていたことには相違ないのだが、浦和学院、花咲徳栄などの厚い壁に阻まれて苦杯を舐め続け、なかなか殻を破れないでいた。
しかし、昨秋の関東大会準決勝では2対3と接戦の末敗れたものの王者横浜を土俵際まで追い詰め、選抜での躍進を予兆させる戦いぶりを見せた。今大会の浦和実の快進撃の立役者は、遅球変則技巧派左腕のエース石戸 颯汰に他ならないだろう。
少し脱線するが、石戸といえば、1960年代〜70年代にサンケイ、ヤクルトなどで活躍した「酒仙投手」石戸 四六(秋田商‐日立製作所)を思い出したオールド野球ファンの方もいたかもしれない。筆者は晩年の石戸を神宮球場で見たことがある。ずんぐりむっくりのユーモラスな体形ながら、スリークォーターから繰り出す重い速球とシュートを武器に弱小球団で孤軍奮闘していた姿が目に焼き付いている。過度の飲酒により肝臓を壊し、早逝したのが残念であった。
「令和の石戸」は、120キロそこそこのストレートに大きなドロンとしたカーブのコンビネーションで、巧みに打者のタイミングを外すのが身上。今どきの高校球児はマシーンでの速球対策は万全でも、こうした遅球への戦略的対応はあまり経験値がないと思われるので、初見でこの緩急差にはなかなか目が追いつかないことは容易に想像できる。
以前、某アマチュア・レジェンド左腕の方から「ピッチングの極意は、スピードボールでも鋭い変化球でもなく、いかにタイミングを外すかということに尽きる」という話を伺ったことがある。石戸の快投の要因は、このピッチングの極意を実戦において体現できたことが大きい。まさに「柔よく剛を制す」独自のスタイルが全国レベルで通用することを示し、大会後にU-18代表候補にも選出されるに至った。
緩急だけでなく、右足を高く上げる変則フォームもタイミング外しに一役買っていて、石戸のセールスポイントの一つである。このフォームと遅球から「星野伸之2世」という言説をちらほら見かけたが、筆者はむしろ1978(昭和53)年夏の甲子園を沸かせた能代の高松 直志投手を想起した。石戸と異なるのは、高松は星飛雄馬ばりに右足を顔付近まで高く蹴り上げてからリリースされるボールには力があり、恐らくストレートは余裕で140キロは超えていたはずだ。制球には難がありつつも、その余りにも異形にしてダイナミックなフォームは魅力たっぷりで、多くの野球ファンの記憶に留まったことだと思う。
高松は1回戦で春を制した箕島と対戦、惜しくもスミ1で敗戦したが、あの箕島が初回から3番の強打者石井雅博(明治大‐巨人)にスクイズさせたのを見て、呆気にとられたものだ。なりふり構わぬスクイズ敢行は、それほど箕島が高松を難攻不落の投手と捉えていた証左であった。高松は周囲の期待と裏腹にプロ入りはせず社会人の電電東北に進み野球人生を終えたが、後にプロ入りした同期の甲子園球児たち〜前述の石井雅博(余談だが、巨人時代の応援歌をTVジョッキーという番組内でネタにされて、実績よりもそちらで有名になった)に、西田真二(PL学園‐法政大‐広島)、木戸克彦(PL学園‐法政大‐阪神)、大久保美智男(仙台育英‐広島)らと比べても遜色ない実力と才能の持ち主だった。プロでのマウンドさばきを見たかったピッチャーの一人である。