部員190人を抱えるマンモス大学として知られる日本大学。過去には全日本大学選手権で優勝2回、準優勝5回と輝かしい実績を持つ。さらに真中 満氏や村田 修一氏、現役には長野 久義に京田 陽太など数多くのプロ野球選手を輩出している。

 今年は春季リーグ戦で2部優勝、入れ替え戦も勝利して秋より東都大学野球の1部リーグに復帰する。伝統校の復活の兆しを見せている最中だが、そこに一躍買っているのが、2021年より監督に就任した片岡 昭吾氏だ。

 2年後の2023年に迎える創部100年も見据えて、コーチ陣も一新するなど現状の打破に加え、新時代を築こうとしている。その新時代の中心となり得る未来の担い手が今年も日本大学の門を叩いてきた。


身体の成長に苦労した小・中学時代


  数多くの1年生がいるなかで、片岡監督が「ポテンシャルは新入生の中でも頭1つ抜けています」と注視している選手がいる。その選手こそ、履正社の元主将・関本 勇輔だ。

 関本と言えば、父は元阪神タイガースの関本 賢太郎氏。強豪・履正社では主将を任された。現役時代は強肩強打の選手として活躍したことで知られている。プロ野球選手の息子と言うことで、注目しがちだが、その裏側では数多くの壁にぶつかっていた。

 小学1年生から軟式野球をはじめた関本は、当初ピッチャーやショートを守り、肩の強さを活かしていたという。実際に6年生の時のスポーツテストで実施したソフトボール投げは68メートルで学年1位になるほどだった。

 ただ、小学校高学年からの成長期の影響で身体が大きくなり始めたころから、チームからキャッチャーを守ることを勧められる。「父にも相談しまして、年1回くらいですが始めました」とキャッチャー人生の第一歩を踏み出す。

 そして中学からは硬式野球・兵庫西宮ボーイズに進むと、キャッチャー1本に絞った。キャッチャーという他のポジションとは違う特殊なポジションを守るにあたり、「どれだけ指導者から指摘されて、それを理解するか。そして投手と野球の話をしたりしてコミュニケーションをとることを大事にしました」と当時の取り組みを振り返る。

 父・賢太郎さんにもキャッチャーについて相談をすることがあったそうだが、それよりも話を聞いたのは打撃の方だった。成長期に伴って身長が3年間で25センチも伸びた。背が伸びたことで、腕の長さなども変わってきた。これによって、バッティングの中で感覚の微妙な変化が生じることになった。これには関本も「(身体が大きくなったことは)バッティングでは困ったところでした」と少し苦笑いを見せながら話をする。

 その時に父へ、なぜ打てないのか。逆に好調ならばその理由は何なのか。映像を見ながら質問攻めをして根拠を解明したという。 

「父からは『感覚だけに頼ってプレーすると、不調の時に原因がわからずに調子を取り戻せない。だから、しっかりと調子がいい理由を理解しなさない』と言われてて。だから両親にはわがままを言って、毎試合必ずビデオ撮影をしてもらっていましたね(笑)」

PHOTO GALLERY フォトギャラリー

写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。