Column

チーム崩壊状態からわずか1年で大阪桐蔭、履正社の2強撃破! 大阪学院大高の指揮官の驚異のマネジメント力

2024.07.14


大阪学院大高の練習に密着

大阪学院大高校——。
阪神などで活躍した大投手・江夏豊の母校であり、1996年春には甲子園初出場、2018年夏の北大阪大会準優勝をはたしている。
激戦区・大阪で随所に存在感を発揮してきた同校が、今春の府大会で旋風を巻き起こした。
“大阪2強”と呼ばれる大阪桐蔭履正社を撃破し、府大会初優勝を成し遂げたのである。

主将の今坂 幸暉(3年)や強肩捕手の志水 那優(3年)などを擁して春の府大会初優勝。これまで「大阪2強」と呼ばれてきた履正社大阪桐蔭の両方を下して、大きな話題を呼んだ。なぜ、これだけの結果を残すことができたのか。今回は大阪学院大高の強さの秘密に迫った。

チーム崩壊状態で就任した現監督

学校が所在するのは大阪府吹田市。外野が人工芝の専用グラウンド、打撃練習やブルペン投球が可能な半野外練習場、室内練習場にトレーニングセンター。全国でもトップクラスの設備を有している。

チームは近年、強化を図ってきた。大阪桐蔭の初代部長を務めた森岡正晃氏を総監督に招聘し、山口県出身の今坂 幸暉内野手(3年)や熊本県出身の志水 那優捕手(3年)など遠方からも有力選手を集めた。
甲子園は近い、そう思われた。
しかし、現3年生が1年生のころに、森岡総監督が退任。選手たちのモチベーションは大きく落ちてしまった。

チームが危機的状況の中で昨年3月に就任したのが辻盛英一監督だった。2010年から母校である大阪市立大(現・大阪公立大)の監督を務め、17年秋には24年ぶりのリーグ優勝に導いた実績を持つ。
その一方、大手保険会社勤務時代に13年連続売上ナンバーワンに輝いた伝説の営業マンとしての顔を持つ。『営業は自分の「特別」を売りなさい』(あさ出版)など著書も出版。現在は「株式会社ライフメトリクス」の代表取締役社長を務めている。
大阪市立大が大阪府立大と統合して大阪公立大となった2022年に大学の監督を退任。しばらくは社業に専念する予定だったが、縁もゆかりもなかった大阪学院大高からのオファーを引き受けることになった。

対話を積み重ねる

「色々ありまして、まともに練習できる状態ではなかったという感じですかね」と指導を始めた当初の状態を振り返る辻盛監督。態度が悪い選手や練習をやらない選手もいて、やるべきことは山積みだったが、無理やりチームを変えるのではなく、一人一人と対話を重ねることを心掛けた。
「頭ごなしに怒るのではなくて、『なぜ練習をしたくないのか』ということをしっかり聞いて、本人が『野球が楽しい、練習をしたい』という状態にしてあげるように指導した、というよりは話をした、という感じでしょうか」

「以前怒ったのが何十年前か覚えていないです」と言う辻盛監督は、仕事でも野球でも人に対して声を荒げることはない。選手や部下のやる気を引き出すための秘訣を次のように語ってくれた。
「やろうとしてもらうことが凄く大事だと思うので、やろうとしたことについて、全て褒めるようにしています。やろうとしたことが成功して結果が出たら、選手に対しても感謝の気持ちを持って『ありがとう』と伝えることは心掛けていますね」

取材日のフリー打撃でも内容の良かった選手に対して褒める姿が時折見られた。「選手一人一人をしっかり見てくれる」と志水が話すように選手からの信頼も厚い。辻盛監督の加入で再びチームが一つになり、進むべき道を辿るようになった。

取り入れた指導分業制

辻盛監督にとって、高校野球の指導は未知の世界。だが、就任当時は指導者不在だったこともあり、「大学でやっていた時のことを一から始められたので、そこは良かったかなと思います」とかえってプラスに働いた。

大阪市立大時代の指導者仲間や教え子をコーチに招聘し、現場で教えている指導者は監督を含めて9人もいる。「教えることを専門にしているコーチが揃っているので、そこはうちの強さの一つだと思います」と辻盛監督にとって自慢のスタッフ陣だ。

近年の高校野球では一昨年に夏の甲子園を制した仙台育英を筆頭に、指導者の分業制を採用するチームが増えてきた。「監督の仕事は教えることではなくて、マネジメントが重要。教えるのは専門のコーチが教えるべきです」と辻盛監督はそれがあるべき姿だと捉えている。会社に例えれば、監督が社長で、コーチが各部門の部長といった位置づけだ。こうした経営者ならではの視点で作られた強力な組織によってチームは急速に力を付けてきた。

また、辻盛監督は近年の高校生について、「思っていたよりも賢い。情報を取る能力が高いですし、僕が高校野球をやっていた頃よりもはるかに優秀です。ですので、思っていたよりも指導が楽、伸びるスピードが速いというのは凄く感じます」と語っている。特に今坂は理解力が高く、辻盛監督が求めていることを適切にチームメイトに伝えることができているそうだ。

高校野球は大学野球から10年遅れている

先入観のない状態で高校野球の世界に足を踏み入れた辻盛監督にとって、様々なことが新鮮に感じた。現在の高校野球は大学野球に比べて10年遅れていると感じているようで、その理由をこう分析する。

「『高校野球とは』というのがかなり強くあって、新しいことをなかなか取り入れにくい環境にはありますね。丸坊主にしてもそうですし、試合の中の作戦もそうですし、練習もアスリートを育てるというよりは高校野球選手を育てるみたいな。言い方は難しいですけど、その辺の感覚が高校野球の中では僕の感覚とはちょっと違うなと思いました」

辻盛監督が来てから髪型は自由になり、様々なことが合理的に回りだした。とはいえ、簡単に勝ち進めないのが大阪の高校野球。全国トップクラスの戦力を誇る大阪桐蔭履正社が他校にとっては大きな壁として立ち塞がっている。「2強時代と言われているところに大阪の高校野球自体に諦めがあるように見えていました」と辻盛監督は感じていた。

「僕の方針として『日本一を目指そう』が大前提。日本一を目指す中で、絶対勝てないチームがあったらおかしいじゃないですか」と辻盛監督は言う。本気で日本一を狙うためにもそうした固定観念を振り払う必要があった。

プロを目指す意味の大事さ

そうした中で幸いだったのは今坂、志水といったプロ注目の選手がいたことだろう。二人ともプロ志望届を提出予定で、今秋のドラフト指名を狙っている。二人の良さについて、辻盛監督はこう語ってくれた。
「今坂は圧倒的にチームの士気を上げる能力が高いです。ここ一番で今坂が打つと、チーム全体がワッショイモードになりますので、あれは凄いですね。『ここは勝負』という場面の打席に入る前からの雰囲気がちょっと違うんですよ。多分、打席に入った時もピッチャーから見ると嫌なオーラが出ているんだろうなと思います。
志水は華のあるプレーをするというよりは、全てにおいて安心感のある選手です。スローイング、リード、キャッチングも全て抜群なんですよ。ただ、それをファインプレーに見せない能力があります。難しいプレーを簡単にやってしまうので、あまり目立たない感じに思いますが、キャッチャーとしてはああいう選手が一番だと思います」

辻盛監督は大阪市立大にいた頃、選手に対して「プロを目指せ」と発破をかけていた。国公立大の選手にそのような言葉掛けをすることについて、当時は不思議で仕方なかった。その真意について改めて聞いてみた。
「例えば高校野球をやっていて、『高校で野球を終わるぞ!』と思っている子と『大学、社会人、プロでやるぞ!』と思っている子の頑張り度合いは絶対違うんですよ。『プロになるぞ!』と決めている子が、今の自分のプレーを見た時、『まだまだだな』と思うでしょう。でも『高校で終わるぞ!』と思っている子だとちょっと上手くいったら、『オレ上手いんだ!』と思ってしまうんです」

「勝てる」と思い続けたから勝てた

こうした考えを持つ辻盛監督にとって、プロ志望の選手がいることはチームの成長を加速させる要因となる。一冬を越えて着実に力を付けたことで、「自分たちの野球をすれば、絶対に勝てると思っていた」(志水)と自信を持てるようになった。

実際に春の府大会では4回戦で履正社との打撃戦を制して9対8でサヨナラ勝ち。準々決勝の大阪桐蔭戦では1点を追う9回表に今坂のヒットをきっかけに2点を奪って、2対1で逆転勝ちを収めた。2強を倒した大阪学院大高は勢いのままに優勝。優勝できた要因を辻盛監督はチーム力にあったと話す。
「確かに個人の能力も高くなっていますけど、みんなが勝てると信じて、『どんな場面でもどんな展開になっても相手より最後に1点勝っていたら勝ちだ』というのを常々練習でも言って、そこにこだわってやっていたので。みんなが『勝てる』と思っていたのが勝てた要因だと思います。『どんな展開になっても相手より1点でも多くとろう』。それを愚直にやってしまう今のウチのメンバーはスゴいなと本当に他人事のように見ていました」

大阪の頂点に立ち、「どこかで満足している感じはありましたね」(辻盛監督)と近畿大会では初戦で須磨翔風に1対3で敗れたが、この春に残したインパクトは大きかった。夏は堂々と優勝候補の一角として大阪大会に挑む。

「大阪大会で優勝して、日本一になりたいと思っています」と意気込む今坂。全国制覇も決して夢物語ではない。真価が問われる夏の大会がいよいよ幕を開ける。

<関連記事>
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この記事の執筆者: 馬場 遼

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