試合レポート

狭山ヶ丘vs上尾

2011.07.25

上尾 敗戦も悔いなしの完全燃焼

 涙はなかった。
 ベンチにいた20人にも、スタンドの控え部員たちにも。
彼らはそろってこう言った。
「やりきりました」
 夏の終わりは突然やってきた。

 狭山ヶ丘との5回戦、1対1で迎えた9回裏の守り。先頭打者に初球安打を許すと、次の打者にも初球をライト線に運ばれる。一塁走者は長躯サヨナラのホームイン。ここから粘りで勝負するはずが、たったの2球であっさりとゲームセットを迎えた。予期せぬ幕切れ。捕手の河合貴大は言った。「バントと決めつけて、安易にまっすぐでいってしまいました」。心情的には泣きたくないはずがない。それでも彼らは気丈だった。むしろ、さわやかな表情をしていた。もちろん、これには理由がある。それだけのことをやってきた自負があるからだ。

 1年前なら、誰もが号泣していただろう。とても今の姿は考えられなかった。上尾の野球部自体が、そういう雰囲気ではなかったからだ。彼らが1年生だった2年前の夏。市川越に敗れた後、球場の外での姿を見て驚かされた。数十分前まで泣いていた3年生たちが輪を作り、選手の名前を連呼する。名前を呼ばれた選手が輪の中心に来ると、今度は応援に来ていた彼女も呼ばれて写メを撮り、拍手と歓声で盛り上がっていた。これが、“イマドキ”なのかもしれない。高校時代の思い出作りとしては悪いことではないかもしれない。それでも、勝利を目指している以上、負けた直後に一般のファンなど第三者のいる前でとる行動としては疑問符がつくものだった。

 そんな雰囲気だから、あいさつも、服装も、グランド整備もそれなりでしかない。そこに現れたのが、鷲宮から異動してきた高野和樹監督だった。1995年には部長としてセンバツを経験。2006年夏には増渕竜義(現ヤクルト)を擁して県準優勝した他、04年から06年にかけて3年連続春の関東大会に導いた実績がある指導者だ。新チームになって就任した新指揮官は、人一倍“勝つためにふさわしい行動”を求める。彼らはすべて変えなければいけなかった。
 あいさつや礼のしかたから始まり、ランニングでの足合わせ、グランド整備や環境整備……。それまでとは180度違う指導方針に全員が戸惑った。昨夏から6人がレギュラーとして試合に出ていたため、技術的にも自信を持っていた選手も多かったが、取り組む姿や態度から「自分がうまいと勘違いしている」と否定され続けた。サードの小島雅浩はこう言う。
「夏休みは、部活が楽しくなかったです……」
 夏休みの北部地区大会を制し、秋の県大会ではシード校に選出された。周りの期待は大きかったが、彼らが高野監督の話を呑み込めるようになるまでには時間が短すぎた。北部地区で勝ったことで「オレたちは強い」と錯覚した心がプレーに表れる。1年夏からエースナンバーを背負う伊藤康介が肩、腰と相次ぐ故障で不在だったのも響いた。そして、期待とは裏腹の初戦敗退。慶応志木相手に3点リードをひっくり返されての敗戦だった。さらに、シーズン最後に行われる上尾市周辺地区の大会でも栄北にコールド負け。「生活面の甘さがプレーに出る。考え方が大人にならなければレベルの低いプレーしかできない」という高野監督の言葉を思い知らされる結果になった。
 その後の練習でも悔しさが表に出なかった彼らに変化が見え始めたのが冬。毎日のようにくり返される高野監督の話が、ようやく染み入るようになってきた。
「(監督が代わって)最初は『何だよ』というのが正直、ありました。何かあると、前にやったミスを後から言われましたし……。でも、言ってることは全部あってるんですよね。(指摘されたときに考えている心の中まで)その通りなんです。ミーティングで何回も何回も同じ話を聞いて、だんだんわかってきました」(キャプテン・新井拓也)


 心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。彼らは確実に変わった。あいさつ、グランド整備、練習中の声、姿勢、ミスした後や注意された後の態度、行動……。春を迎える頃には、やらされる行動から、自らやる行動に変わっていた。夏休み当初は捕手の河合貴大一人で始めたごみ拾いも徐々に人数が増え、全員がごみを拾うようになっていた。

 そして、春。人格が変わり、運命が変わった。投げれば四球を連発し、マウンドで不安そうな表情を見せていた三宅正浩がエースに成長。「三宅が投げると2時間半かかる」と冷やかされていた男が、決勝では花咲徳栄打線を5安打7奪三振で自責点ゼロの好投。テンポよく1時間46分で終わらせてみせた。三宅の成長に加え、伊藤の復活もあり、春の県大会は準優勝。関東大会での1勝とともに、上尾としては24年ぶりの快挙だった。
かつて野本喜一郎監督が率い、1975年夏には甲子園4強の実績を持つ古豪。普段の練習から近所のファンが見学に訪れ、練習試合ともなれば、ネット裏がいっぱいになる伝統校。夏の大会を前に周囲の期待が高まり、マスコミの取材も増える。秋同様、「オレたちは勝てる」と勘違いしそうなムードも充満したが、大会を前にもう一度自分たちを見つめ直した。
「春は勝ったのではない。(相手のミスなどで)勝たせていただいたんだ。オレたちに力はない」
 全力疾走やカバーリング、生活面から見直した。勝つためには、自分たちがやるべきことを100パーセントやりきる。それが一番だからだ。

 Aシードで迎えた夏の大会。初めての追われる立場の重圧と戦いながらも、彼らは随所に成長した点を見せた。技術的には、内野手の守備。春の県大会では準々決勝で3、決勝で4と毎試合ほぼ1人1個のペースでエラーが出ていたが、夏は内野手の失策は2回戦での1個だけ。3回戦の熊谷商戦では、スローイングに不安のあったサードの小島が、相手のバント攻めに再三好ダッシュ、好送球を見せ、勝負できなかったショートの新井が積極的に前に出てさばいた。「守備は本当によくなりましたね。一番成長した小島をはじめ、新井も栗原(健一郎、セカンド)もみんな頑張ってよく守ってくれました」と高野監督も認める成長ぶりだった。
 さらに、何よりも彼らの成長を感じさせたのが、気づき力がついたこと。これが顕著だったのが捕手の河合だった。4回戦の越谷南戦では、2回1死一、二塁から相手の意表を突くダブルスチールにも慌てず冷静にアウトにした。「動いてくるチームと聞いていたので、やってきたなと思いました」。2点リードで迎えた9回1死の打席では、相手守備位置を確認しセーフティーバントを成功。「3人で終わっちゃいけないと思いました」と高野監督の「相手に流れを渡さないため、とにかく三者凡退イニングを作るな」という教えを実行した。河合は5回戦の狭山ヶ丘戦でも初回1死一、三塁で初球に仕掛けられた偽装スクイズに動じず、素早く二塁に送球して一塁走者を刺した。
「前の試合でも同じようなことをやっていたので、頭に入っていました。準備はできていました」(河合)
 熊谷商戦では小島が相手の捕手がカバーリングに来ていないのを見逃さず、素早く次の塁を奪った。越谷南戦では無死二塁から主砲でもある伊藤が外角球を強引にセカンドに引っ張り、進塁打。1死三塁にして、続く河合の先制スクイズにつなげた。外野手は佐藤健弥、勝木田航に加え、1年生の小山拓郎も、走者がいれば内野手と同じように1球、1球、捕手からのけん制に備えて一、三塁の後ろへのカバーリングを欠かさなかった。今、自分に何ができるか。各自が考え、実行した結果だった。
 もちろん、成長したのはメンバーだけではない。スタンドの控え部員たちも同様だった。応援リーダーを務める岡村晃司、有賀大吾、大沢尚也の3人は、試合開始前、エール交換の打ち合わせを行うために相手スタンドに出向く。その際には必ず、ネット裏などスタンドの通り道に落ちているごみをポケットに入れていた。彼らが巻いていたハチマキには高野監督がよく話す“誇りと責任”の文字。上尾高校の野球部員として、勝つためにふさわしい行動を自然とできるようになっていた。


 行動が変わり、考え方が変わった。価値観も変わった。春から夏にかけ、何人もの選手から、違う場面で、異なる状況で同じような言葉を聞いた。
「野球の見方が変わりました。まゆ毛を細くしていたり、帽子に変な型をつけていたり、そういうのを見て、こういうチームなら勝てると思うようになりました。前は投げるとか打つとか、技術やうまさしか見ていなかったので、私立の強豪は『すごい』としか思えなかった」(小島)
「相手がベンチで『今日は(高校野球)ダイジェストに映るぞ』と言っているのを聞いて、これは負けないなと思いました」(伊藤)
 そういう想いが、結果につながった。彼らは本当に変わった。
「今は野球が楽しくてしょうがないです。毎日、充実しています」(佐藤)

「夏休みは嫌だった」はずの小島も、「今は楽しいです」と表情から別人に変わっていた。グランドで、学校生活で、電車内や自宅など日常生活での行動で精一杯やってきた彼ら。プレーでも、応援でもやりきったからこそ、涙はいらなかった。
 だが、3年生たちが大いに悔いを残していることがある。それは、高野監督の指導を1年足らずしか受けられなかったこと。主将の新井はこんなことを言っていた。
「高野先生の言っていることがやっとわかってきて、わかったつもりでいますけど、本当はまだ半分ぐらいなんだと思います」
 もっと時間があれば……。その想いは、高野監督も同じだった。
「彼らの代になった新チームから監督になって、3年生20人にはいろんな要求をしてきました。ついてきてくれて、本当に感謝しています。勝って、またこの3年生と練習がしたかった。試合がしたかった。明日の練習も楽しみにしていたぐらいです。ここまでしっかりしてくれたのは、監督としても誇り。残してくれたものは大きいと思います」

 OBでもある高野監督が2年生だった84年夏以来の甲子園への再挑戦はベスト16で終わった。だが、その中身には結果以上のものが詰まっている。
 たとえ地味でも、一見、野球には意味がないと思えるようなことでも、やるべきことをやり続ける。誇りを持ち、勝つためにふさわしい野球をやる。それがどんなに素晴らしいことかを1、2年生に示してくれたからだ。あとは、それを後輩たちが受け継ぎ、結果で示すだけ。
負けて流す涙はいらない。勝利とともに、自然とにじみ出る涙――。
 3年生も、OBたちもそんな涙が流せる日を待っている。

(文=田尻賢誉

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.06.30

明徳義塾・馬淵監督が閉校する母校のために記念試合を企画! 明徳フルメンバーが参加「いつかは母校の指導をしてみたかった」

2024.06.30

突然の病で右半身が麻痺した「天才野球少年」が迎える最後の夏 あきらめなかった甲子園出場の夢、「代打の一打席でもいいから……」

2024.06.29

北海は道内29連勝なるか、東海大札幌VS札幌日大の強豪対決も、30日に札幌支部で代表決定戦【2024夏の甲子園】

2024.06.29

昨秋3位の豊橋中央が登場、享栄破った実力見せる!30日愛知大会【2024夏の甲子園】

2024.06.29

激戦区・愛知が開幕!ノーシードから4連覇狙う愛工大名電が17得点の圧勝発進、大府、愛知産大三河も初戦を突破【2024夏の甲子園】

2024.06.28

元高校球児が動作解析アプリ「ForceSense」をリリース! 自分とプロ選手との比較も可能に!「データの”可視化”だけでなく”活用”を」

2024.06.28

最下位、優勝、チーム崩壊……波乱万丈のプロ野球人生を送った阪神V戦士「野球指導者となって伝えたいこと」

2024.06.26

【北北海道】北見支部では春全道4強の遠軽が登場、クラーク記念国際と好勝負演じた力見せる【2024夏の甲子園】

2024.06.24

愛媛の組み合わせ決定!今春優勝の松山商・大西主将は「どのチームと闘っても自信をもってベストなゲームをしたい」シード4校主将が意気込み語る!

2024.06.27

高知・土佐高校に大型サイド右腕現る! 186cm酒井晶央が35年ぶりに名門を聖地へ導く!

2024.06.28

元高校球児が動作解析アプリ「ForceSense」をリリース! 自分とプロ選手との比較も可能に!「データの”可視化”だけでなく”活用”を」

2024.06.28

最下位、優勝、チーム崩壊……波乱万丈のプロ野球人生を送った阪神V戦士「野球指導者となって伝えたいこと」

2024.05.31

【24年夏全国地方大会シード校一覧】現在34地区が決定、佐賀では佐賀北、唐津商、有田工、龍谷がシードに

2024.06.26

【北北海道】北見支部では春全道4強の遠軽が登場、クラーク記念国際と好勝負演じた力見せる【2024夏の甲子園】

2024.06.24

愛媛の組み合わせ決定!今春優勝の松山商・大西主将は「どのチームと闘っても自信をもってベストなゲームをしたい」シード4校主将が意気込み語る!