県立石山高等学校(滋賀)
続けて4回も勝った。
5年間の公式戦で3勝しかできていなかったチームが、である。
滋賀県立・石山高。昨秋、県大会でベスト4に入り、近畿大会に出場。県の21世紀枠の候補に選出された。センバツの出場は極めて厳しいが、今後への足がかりとなる昨秋の快進撃だった。
結果を残すための意識改革
“県立石山高校野球部 飛田宏典監督”
ただ、飛田監督は、就任以前から石山での指導がそう簡単ではないと、肚をくくっていた。
飛田監督は回想する。
「ここに来る前に、同僚の先生方から、同じ進学校でも、石山はちょっと違うぞ、生ぬるいぞというのを聞いていました。赴任してきてはじめに思ったのは、ダメなときはすぐにダメになってしまう。かといって、良い時は凄く良いというわけではない。頑張ってはいるんですけど、トップの意識を持っていないんです。他の進学校と比べても、ちょっと違いました」
石山は地元では名の知れた進学校のはずだが、やや柔和な空気に包まれていたのだ。意識改革が必要だったのである。飛田監督は言葉をつなげる。
「赴任してきて選手たちに言ったのは過程は大事じゃない、結果だよ、と。今の子たちって、頑張っていることを評価したがるんですよね。でも、違う、結果が大事やと。結果があって始めてそのプロセスが良かったんやと評価できる、と話しました。失敗したことも、次に生かせばいいし、結果を出すためにどうするかという思考回路を持たせたかった」
[page_break:1勝がもたらしたもの]1勝がもたらしたもの
“県立石山高校野球部 伊藤広樹主将”(写真:松倉雄太)
最初に取り組んだのは、登校の時間を早くすることだった。それまで、部員には早く来る選手もいれば、遅刻ギリギリの時間に来る選手がいるなど、野球部としての取り組みは徹底されていなかった。
「うちの吹奏楽部は県で一番の学校なのですが、吹奏楽部は7時半に全員が登校していた。野球部はどうかっていうとバラバラだった。家が遠いからとか、電車が遅れたからっていういい訳を持っていました。でも、それではいけない、と。石山を選んだのは自分なわけやから、いい訳をさせないためにも、学校には早くに来るようにしました。そのことが血となり肉となり力になるはずですから」
朝練をする選手もいれば、勉強する人間もいる。余った時間の使い方は様々だが、習慣がついたことでチームは変わり始めた。
そうしているうち、昨夏の県予選1回戦を5年ぶりに突破したのである。それも、3対10というあと一歩のところでコールド負けという展開から、試合をひっくり返す奇跡的な激闘を見せたのである。
とにかく、この1勝がもたらしたものは大きかった。
4人いる主将のうちの一人・伊藤広樹は言う。
「最後まで諦めへんっていう気持ちが口だけじゃなくて、ホンマに実感した。どれだけ点差があいていても、逆転できるんやなって。それが今にもつながっていて、負けていても『まだまだ全然行ける』って思えるようになりました」
さらには、当時のチームにいた努力して結果を残した先輩の姿も伝説になった。
伊藤が続けて言う。
「夏の大会前にレギュラーから外れた先輩がいたのですが、それでも、その先輩はずっと練習で頑張っていた。その先輩が1回戦で途中から出場して、同点打を打ったのです。地道な練習が大事だということが、先輩を見て思いました」
勝つことで、気づかされた。
諦めない、そして、努力することを、だ。
“2011年秋季大会準決勝の石山ナイン(写真:松倉雄太)
もっとも、快進撃の背景は、日頃の練習があってのものだ。飛田監督が就任して以降、とにかく、練習の雰囲気が変わったと、選手たちは口々に言う。
「監督は何でも野球に関連付けてされる人なので、ダッシュとかでも、右足からスタートを切ることを意識したり、キャッチボールでも、できるだけ低く、高めに浮かないようにずっとやっていました」(井福友宏主将)
[page_break:初戦負けチームをベスト4に導いた練習方法]初戦負けチームを県大会ベスト4に導いた練習方法
“石山ダッシュ!”
確かに、石山の練習ひとつひとつは、ただのメニューの繰り返しには見えない。選手が言うよう、練習に意図・中身を感じるものばかりだ。
例えば、アップ中のダッシュ。
普通にダッシュするのではなく、野球のプレーに合わせ、本数を重ねていく。
投手陣が投球動作を行い、それに合わせる。またあるいは、グラブを持ってのダッシュもある。野球のプレー中、グラブを持って走る場面があるからだ。また、その真剣味を増す意味では、後ろの走者がグラブを持って、タッチに行くと言うダッシュもあった。
さらにはキャッチボール。
多くのチームが長い距離の遠投をするが、石山ナインは40メートル程度を超すことはない。飛田監督は「ふわっとした球を投げることに意味はないと思うんです。低い球を投げることが大事ですから」とその意図を語る。毎日やるキャッチボールはマンネリ化してしまうと、その意図さえもわからなくなってしまうが、飛田監督はそこにメスを入れたのだ。
選手たちも、練習の中で気づくことがあったと語る。
伊藤の証言である。
「送球は胸に投げるものだと思っていましたけど、プレー中のことを考えると、ベルトくらいの高さがちょうどいいんですよ。それはキャッチボールに意味付けするようになって分かったことです。それを心がけるようになってから、試合での送球ミスが減りました」
“グラウンドを効率的に利用した中継プレー”
また、公立校と言うことで、グラウンドを広く使えない課題があるが、工夫を凝らした練習も、石山ならではのものだ。
内外野の中継プレーの練習は、他のどの学校でも見たことのない、効率的な練習だった。
まず、ホームの位置を三塁側ファールゾーンにずらす。ノックは打たず、右中間の一番深い位置のスポットにマネージャーがボールを置く。すると、そこへ外野手がダッシュでボールを取りにいく。そこから中継プレーがスタートするのだ。
こうすれば、ノックを打つ必要がなく、他クラブの邪魔にならずに、グラウンドを広く使える。ベースの位置を変えるのは、距離を取るためである。
特性グラブを使う内野ノックは、飛田監督が前任校時代から取り入れた特殊な練習だ。
普段使うグラブと違って、打球に衝突を起こす特性グラブではきちっとした動作をしないとボールを捕球できない。だが、それらは内野手にとっては大事な動きの積み重ねだ。
二塁手の初田漠(4人いる主将のひとり)はいう。
「ゴロのバウンドにちゃんと入らないと捕れないんです。それでいて、グラブの面を向けて右手を添える。全部がそろわないと取れない。右手と顔を近づけて、しっかり見てとるんです」
ボールがグラブと衝突するとはじくため、打球には素早く入らなければいけない。普通のグラブだと、多少目を切ってもグラブの網に収まるが、特性グラブははじくし、両手を添えないとボールは逃げる。同じ本数の球でも様々な技能を習得できる効率的な練習なのである。
“内野ノックは特性グラブで”
一方、打撃練習では、秋の戦いを意識した練習を徹底してきた。飛田監督の指導方針から、フリーバッティングは行わない。全て走者と守備をつけてのエンドラン練習ばかりをこなしてきた。
飛田監督はその意図をこう説明する。
「エンドランの練習はすぐに打ちますので、時間がかからないと言うのがあります。もともとは、一、三塁の形を作る練習ではあるのですが、バッターは右へ強いゴロを打とうとしますし、守る側も、三塁へ進めないでおこうという守備をします。フリーバッティングの練習ではできないことが一度にできるんです。そして、その結果として、昨秋は空振りが少なく、フライアウトがほとんどなかったんです。右にゴロを転がそうとしていたからだと思います」。
まさに、昨秋の石山の戦いが練習から透けて見えてきた。
[page_break:勝ち続ける中での成長と課題]勝ち続ける中での成長と課題
“県立石山高校野球部 勝永祐真投手”(写真:松倉雄太)
守備はミスがほとんどなく、攻撃面はヒット数が少ないながらも、右打ちのエンドランを練習したことで、つなぎの野球を徹底できた。失点を最小限に抑え、少ないチャンスをものにして、粘り強く戦う。昨秋の快進撃は、飛田監督の就任からの成果が一つの結果として現れたと言っていい。
石山の躍進で感じるのは、勝つことの大きさである。負けることしか体験したことがなかった石山ナインは、勝ち続ける中で成長を遂げていったのだから。
「石山は1回戦で負けるチームやったんで、負けに慣れているところがありました。負けても、『また負けたか』って思っていましたからね。勝つ雰囲気を知らなかったんで、この秋は勝つことによって野球が楽しくなってきました」
と初田が言えば、山田は「秋は甲子園に行けるかもしれないという舞台で出来た。今までは漠然とし過ぎていたので、甲子園を目指すにも、強いチームに勝つにも、どうすればいいのか分からなかった。今は北大津さんとか、近畿大会でも、京都の代表校と対戦できて強いチームを見れたので、どうしたいいのか、ハッキリみんなで考えていけるようになった」と言い切る。
さらにいえば、勝利の財産は野球に限らない。それは、私学の強豪校のような野球学校ではない公立校だからこそ、本来、持ち得たものだ。
山田は続けて言う。
「やっぱり、勝って行くと、周りから注目されるし、普段からの生活にしても、練習にしても、緊張感ができる。学校の先生からも、野球部は頑張っているという言葉を頂くんですけど、野球だけになって他が疎かになってしまうのはダメだという意識はあります。以前までは、勉強は野球を引退してからと割り切っていましたが、勉強も野球の練習の一環だからという意識に変わってきた」。
“石山高校野球部 集合写真”
ここからこそが、むしろ重要になってくるのではないだろうか。昨夏、3年生が残してくれた大きな1勝から、秋の快進撃を経験し、彼らがどこまで上り詰めるのか。石山の課題はそこにある。
「ここの生徒は受験勉強で勝ってきている子たちなんですよね。勝負する気持ちを持っていて、高い倍率を勝っている人間。それは野球でも一緒だと思います。そこを土台にして勝負させたい」と飛田監督が期待を寄せれば、伊藤ら4人の主将は口を揃えた。
「今やっている練習はほとんど監督さんが考えたものばかりなんです。これからは、自分たちで考えられるようになっていきたい」。
ただの努力に満足するのではなく、成功するためのプロセスを踏む。
石山ナインの勝負――。彼らの本当の戦いはこれから始まる。