県立坂出高等学校(香川)
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昨年12月13日、日本高等学校野球連盟から発表された「第86回選抜高等学校野球大会の21世紀枠候補校」。(関連記事:【センバツ】第86回選抜高校野球大会21世紀枠の最終候補9校決定!)四国地区からは昨秋1950年の野球部創部以来、58年目にして香川県大会で初めて頂点に立ち、41年ぶり2回目の出場となった秋季四国大会でも優勝した今治西(愛媛)相手に2対5と善戦した香川県立坂出高等学校が初選出された。
その成績と共に文武両道、そして「少ない練習時間を有意義に取り組む姿勢」が評価された形となった坂出。では、彼らはいったいどのような練習を普段行っているのであろうか?学校グラウンドを訪ねてみると、そこには「効率化」の種があちこちに散りばめられていたのである。
デジタイマーで時間を「監理」する
坂出の練習時間を司るデジタイマー
四国と本州とを結ぶ陸の玄関口・JR坂出駅から南へ歩くこと約10分。1917年開校の歴史を感じさせる石畳を踏みしめ、校内にある野球部グラウンドに足を運んでみると、すでに選手25人が3箇所に分かれ、外野ノックを受けている途中であった。
構口 秀敏監督、上原 達也、原岡 慎司両コーチから放たれるボールを追う、一見どこにでもある練習。ただ、バックネット裏にはおおよそ野球とは関係ない、バスケットボールの試合などで使われる「デジタイマー」が5分から刻々とカウンドダウンを行っている。
「内野安打」練習で投手陣は全員ピッチングを行う
坂出・搆口秀敏監督
もちろん『出来るまでする』ことも大事です。ただ、その頻度は一週間に1回から2回でいい。そうした方が一年間のトータルでは効果が上がると僕は思います」
学生が監督を務めていた広島大時代、広島商出身の先輩たちから「反復だけでなく、実戦に近づけた練習」の基礎を学習。養護学校教諭を2年間務めた後、香川飯山で3年・坂出工で4年間の計7年間では「回数」を重視した練習をするも夏の1勝には届かず。
その苦さをかみ締め、効率化を追求しだした1987年8月から2008年3月まで務めた丸亀高校監督時代には1990年夏に42年ぶり2度目の甲子園でベスト8、2000年には春夏連続甲子園出場。さらに高瀬での2年間を経て母校帰還を果たした58歳・構口 秀敏監督の言葉は、経験に基づいているだけに重みがある。
「時間内に練習することで集中力が出る」。秋は1番・主将としてチームを牽引した田村 紘章中堅手(2年)もその効果を語る。
しかしながら単に時間を区切って練習するだけでは、時間に流されるだけの練習になってしまう。練習の質を高めなければ効率化は絵空事で終わってしまう。
そこで大事なのは練習の内容や意味、試合の落としこみ方、さらに自らの課題を事前に把握しておくこと。よって平日の全体練習は2~3時間程度の坂出でも様々な角度からアプローチがなされている。その第一が「ミーティング」である。
[page_break:ミーティング「Mr.X」に「マンダラート」などで自己課題を把握する]ミーティング「Mr.X」に「マンダラート」などで自己課題を把握する
練習最後には田村紘章主将(中堅手・2年)主導でのミーティングが行われる
「シーズン中は試合後すぐに、選手たちを椅子に座らせた形でノートかメモ片手に1時間程度のミーティングをします。選手たちからまず課題や反省を発表させて、それに僕が答える。僕からの一方的な問いかけでなく、選手たちから自発的に反省が出て作り上げる形にしないと。考える野球にもならないし、練習の意味もなくなってしまうと考えています」(構口監督)。
一方、12月から2月までのミーティングは選手個々の内面を見つめ直し、シーズンへの課題を洗い出す作業が主となる。その象徴的行事が「Mr.X」と呼ばれるミーティングだ。
有木平選手への「MrX」でまとめられた各選手の有木評
部員1人ずつが指名され、部員全員から評価を手紙形式で発表してもらう。それは単に野球面でのことばかりでなく、生活面や性格面にわたるまで細部に渡る。逃げ場はない。よって部員たちは自らといやおうなく向き合わされることになる。
たとえば3番・遊撃手として秋季香川県大会では19打数9安打12打点と暴れまわった濵田 泰地(2年)の場合は、今冬の「Mr.X」において、こんな意見が出された。
・1年生の時は野性味があったのに、最近では損得を考えている。
・内野手としての影響力が高いから、お前が声を出せばもっと内野はよくなる。気持ちの上下をなくして、いつでも声をだしていけ。
「内面を変えるにはチームメイトのつながりから。僕が言いたいことを選手たちが言ってくれますね」(構口監督)
「手紙形式なので日ごろ言えないことを書くことができる。伝わりやすいです」。1年生エース左腕の鍋島 巧をはじめ下級生たちにも、この「Mr.X」は好評だ。
自身を振り返るツールも存在する。部室横の壁に1人ずつ張られた「マンダラート」だ。中央に大目標を掲げ、それにつなげるための8個の中目標。さらに中目標につなげる8個の小目標。これを作成ことによって部員たちは個々の道筋を明確に導き出す。
坂出「マンダラート」選手例(田村紘章中堅手・主将)
「マンダラートで頭の中全てを表すことができる。あれを書くことで頭の中が整理されるし、時間が経過しても部室横のマンダラートを見ることで自分の目標が明確になって、日々の練習に取り組むことができます」
昨秋香川県大会では英明との決勝戦(2013年10月12日)での5打数5安打含む24打数14安打と4番の存在感を示した有木 平右翼手(2年)も、この「マンダラート」が好調の一助になったことを明かしてくれた。
もちろん各選手の野球日誌は必須。構口監督自作のカレンダーでは、野球だけでなく人生に通じる31日の月・30日の月に分けた計61個の金言が綴られ、部員たちに無言のメッセージを送っている。
加えて坂出では全体練習で個々のスキルアップを上げるメニューはさほどない。平日は戦術練習を中心に19時前後で終わり、そこからは自主練習。「自分からやることで課題を見つけ出す」意識がここでも徹底されているのだ。
「勉強だってそうじゃないですか?補習授業で机の前に座っているより、自分から勉強した方が頭に入りませんか?」
構口監督の問いかけに対し、身につまされる思いの高校球児はきっと多いのではないだろうか。時間、インターバルを縮めるのは、やはり頭脳を行動につなげる準備が必要ということである。
[page_break:効率的な練習が生んだ「猛打」]効率的な練習が生んだ「猛打」
昨秋、坂出の猛打は四国を席捲した。香川県大会のチーム打率はなんと3割9分5厘。2回戦では昨夏甲子園出場の丸亀を、準々決勝では昨春四国大会優勝時の主戦右腕である尽誠学園・中山 清治(2年)を、決勝戦では四国屈指の左腕・赤川 大和(2年)を完全に攻略。四国大会初戦となる2回戦では四国大会優勝・明治神宮大会ベスト4左腕・神野 靖大(2年)に対し、左打者が5安打を集め2得点。結果は2対5で敗戦も大きな爪あとは残した。
坂出2年生クリーンナップ・左から濵田泰地遊撃手・有木平右翼手・豊嶋謙士一塁手
ただし坂出高校野球部のモットーはあくまで「守り勝つ野球」である。それはなぜか?構口監督はその理由を段階的に説明する。
「この前も選手たちに話をしました。お前たちは野球についてシュートを撃たないと点が入らないサッカーやバスケットのように考えている。野球はバレー・テニス・バトミントンのように失策、四死球があれば何もしなくても点が入る。
さらに言えば、サッカーやバスケットは時間の経過で試合が進むけど、野球はアウトを取らないと試合が進まない。野球の本質はアウトを取ること。では、アウトにはどんな種類があるか?基本は三振・内野ゴロ・フライアウトの3つ。となるとこの3つを取る方法を考える必要がある。じゃあ、練習では何をしたらいいのか?という感じで話が広がっていくんです」
よって守備面の要求は厳しい。内野のみを守らせ走者を付け、打者には転がすことをミッションとする「内野安打」練習で失策が出ると、「実戦形式の練習でデータを取り、試合に役立ててもらうために」大西 麻友マネジャー(2年)が綿密に内容を記録。翌日には部室前のホワイトボードに明示されるのだ。
「縦打ち」で体の開きを抑えるイメージを作る「クロスレッグ」練習
打撃を決してないがしろにしているわけではない。坂出では構口監督がボールに対し、小さく最短距離で捕らえるために「トップからのスタートでバットを落としこみながら撃つ」打法「縦打ち」を採り入れているが、これも短時間に効率的な練習によって効果が最大限に発揮されている。
全体での打撃練習は他校では王道の素振りは一切なく、ペアになってのロングティーからスタート。一昨年夏から導入した「足上げ」と呼ばれる軸足だけで振る形と、「ワイド」と言われる足を大きく広げた形により反射力をまず鍛え、続いて3班に別れ20分ずつの応用へ。1つ目は通常のマシン打撃も、2つ目はオープンスタンス・クロスレッグでのテニスボールコース打ちで縦打ちの基本軌道を習得。3つ目はトス側がフリーで球種・コースを投げわけ、それを打ち返す「ロングトス」。いずれも実戦をより練習に近づけた形である。
「こういった練習をすると試合でボールを追っかけず、呼び込めるようになる。今治西戦の初回も神野くんがストライクを取りに行くところで反射的に捉えることができました」(構口監督)。
なお、坂出ではフリーバッティングでは目的を「出塁打」・「進塁打」・「決定打」・「得点打」の4つに分け、状況を事細かに設定。どんな投手でも、どんな状況でも対抗できる手段を整えていく。
これができるのも、「打球にいい回転がかかるようになった」(有木)、「変化球に対してもトップが残って出せるようになった」(濵田)縦ぶりの積み上げがあるからこそ。これも「効率化」への正しい過程を踏んだ成果と言えるだろう。
弱点を撲滅する「究極の効率化」で甲子園へ
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選手たちに指示を送る坂出・搆口秀敏監督
このように、様々な事柄を連動させ「効率化」に結び付けている坂出。では「効率化」の究極系とは?構口監督が例として持ち出したのはスポーツメンタルトレーニングの大家・福島大学の白石 豊教授が用いている「助動詞の世界」の話だった。
「人間は助動詞のwill・shall・may(だろう)をよく使います。ただ、動物は違う。やるか・やらないか、食べるか・食べないか、生きるか・死ぬか、それができないと勝負事には勝てない。はっきりさせることで結果が出ると思います。それを技術的に落とし込むと、正しいやりかたは個々にそれぞれありますけど、間違ったやり方は1つしかない。そこをミーティングで教えることによって、練習は『やるだけ』になる。そうすると効率化につながると思うんです。
その一方でフィードバックを個々にすぐ行うようでは効率化から離れてしまう。それをどのタイミングで行なうか。そして負ける理由をつぶして、トーナメントでいかに安定した力を出せるかが、指導者に問われていることだと思います」
選手たちもそこは承知の上だ。今後の課題について問うと、どの選手に聞いても「守備」の一言。その上で主将の田村は代表して今後の抱負をこう述べた。
座談会参加の左から鍋島巧(1年)、大西麻友・田村紘章・濵田泰地・有木平(以上2年)