京北白山vs麻布
「打たせてください」!
京北白山が11人、麻布が14人という登録メンバー。共に、20人に満たない数で部員全員がベンチ入りしているということである。ここまで頑張ってきていながら、そんな選手をベンチに入れてあげられない、メンバー発表の時期が毎年一番辛いという、数多くの部員を抱えている監督にとっては、ある意味では、その苦悩がないだけ羨ましいともいえる状況ではあろうが、もちろん少人数の所帯にはそれなりの苦しみがある。
それぞれの学校が、それぞれの事情を抱えながら戦っていくのもまた、高校野球なのである。
京北白山の上田恭平監督はこの大会が初采配となる。この春に東洋大から新任(社会科)教員として赴任してきたばかりである。東洋大時代はマネージャーとして東都の強豪を陰で支えてきた苦労人でもある。ちなみに、上田監督の父親は西東京の強豪東亜学園の監督である。「オヤジよりは、先に負けたくはないです」という意気込みを示すが、そんな新米監督の意気を汲んだかのように、京北白山の11人の選手たちは思いのたけをぶつけて戦い、延長戦を制した。
練習試合でも、五回以上を投げたことはないのではないかという武橋史弥投手は十二回を粘りの投球で投げ切った。そして、4対4で迎えた十二回の攻撃では四番岩本裕之がセンター前ヒットで出塁すると、続く渡辺満夫がライトへ運び一、三塁とする。ここで、京北白山ベンチはスクイズも考えたというが、打席の松本秋音自身から、「打たせてください」という懇願があり、それに応えて上田監督は「打て」の指示。ここまで5打席無安打の松本だったがここは有言実行で、見事に三塁線を破るサヨナラ打を放った。上田監督も、「今まで、あんなヒット打ったことないんじゃないですか」と、驚きながらも喜んでいた。
試合は、初回からいきなり動いた。まずは、京北白山が麻布の先発森松達が制球に苦しんで連続四球などでピンチを招いたところを突いて、五番渡辺、七番本多新太郎のタイムリーなどで3点を先取。この3点を森松投手が守っていたのだが、麻布も六回に一気に反撃。二死後クリーンアップから5連打でたちまち同点に追いついた。この爆発力というか集中打は見事だった。
麻布は、三番新堀千隼、四番射場峻輔の二人が核となっているチームだが、時にはホームスチールを試みるなどの奇襲も見せた。このあたりの仕掛けは、かつて八幡大付(現九州国際大付)時代に俊足のリードオフマンとして鳴らした宮下清久監督の思いを汲んでいるともいえよう。ちなみに、宮下監督は日本体育大時代にはアメリカンフットボール部のゴールデンベアーズで快速のワイドレシーバーとして注目を浴びていたという経歴もある。
閑話休題、そんな麻布は言わずと知れた東大合格率の高い超進学校として知られているのだが、「野球でもここまでやれるんだ」ということを示したような今年のチームだった。結果としては、勝ちを得ることは出来なかったけれども、チームとしてはしっかりと練習をしてきたのだなという印象だった。
それは、両チームに失策や凡プレーが少なかったというところからも窺える。
もちろん、甲子園を狙うということから言えば、正直なところ裾野の部分の戦いであることは確かだ。だけど、こうした裾野の試合がしっかりとしていることが、その上に積み重なっていく部分の質が高くなっていくということにもつながっているのだと思う。
近年、東京代表が甲子園で比較的上位に食い込んでおり、2000年以降だけでも3度の全国制覇があるというのも、こうした裾野の部分の野球がしっかりしてきているからなのではないかということを改めて実感した。そして、その背景には、熱心な指導者たちの思いがあることを忘れてはならない。
(文=手束仁)