Column

富島高校【前編】「ないない尽くし」から5年で掴んだ甲子園

2018.03.10

 1月26日。選抜への初出場を決めた富島。昨秋は県大会準優勝で乗り込んだ九州大会。九州を代表する学校との激戦の末、見事準優勝を飾りセンバツの切符を掴んだ。しかしここに至るまでは楽な道のりではなかった。現在の監督、濵田 登監督が就任してからどのように甲子園まで辿り着いたのか。この軌跡を追っていく。

「3年で九州大会、4年で甲子園に連れていきます!」

富島高校【前編】「ないない尽くし」から5年で掴んだ甲子園 | 高校野球ドットコム
中川コーチの指示を聞くナイン(富島)

 2013年、宮崎商から異動した濵田 登監督は新任職員の歓迎会でそんな抱負を語った。「失笑されました」と苦笑する。学校は16年度で創立100周年、野球部は1948年にできて60年以上の伝統はあるが、それまで甲子園はおろか、九州大会にも出たことがなかった。
 「宮崎南の野球部員だった古川 和樹副部長は「対戦相手が富島だったら『安パイ』だと思っていました」という。06年秋、1年生だった宮崎商赤川 克紀(元東京ヤクルト)が8連続三振を奪った相手が富島だったことを濵田監督も覚えていた。野球の実績も伝統もない学校に赴任していきなり「甲子園」と啖呵を切ったわけだから失笑を買うのも無理はない。

 だが「やるからには、じっくり時間をかけてなんて悠長なことを言っても始まらない。そのぐらいのスピード感を持ってやるということです」と濵田監督は本気だった。15年秋、宮崎県大会で準優勝して「公約」通り3年目の秋に初の九州大会出場を果たした。
 17年秋、再び県大会準優勝で、地元・宮崎であった九州大会に出場し、文徳(熊本)、長崎商東筑(福岡)と並み居る九州の強豪に競り勝ち、決勝へ。創成館(長崎)に敗れたものの準優勝でセンバツ出場を果たし、春夏通じて初の甲子園出場権を勝ち取った。公約からは1年遅れたが5年目で甲子園への道を開いた。「出来過ぎです」と濵田監督は謙遜するが、スピード感を持った本気の取り組みが選手や学校、地域を動かし、初の甲子園への起爆剤となったことは間違いない。

[page_break:ゼロから作り上げる]

ゼロから作り上げる

富島高校【前編】「ないない尽くし」から5年で掴んだ甲子園 | 高校野球ドットコム
練習中の様子(富島)

 多くは語らないが、相手の目をまっすぐ見つめるまなざしに迫力と信念を感じる。濵田監督は、母校でもある宮崎商の監督を10年やって、08年夏には赤川を擁して夏の選手権出場も果たしている。実績も伝統もある母校とは対照的な富島への異動になって、強豪私学の監督からは「あそこを強くするのは相当難しいのでは?」と同情されたという。
 伝統校の母校で甲子園出場の実績も作ったが、「宮崎商だからやれた」という声もあった。次に異動する先を考えたとき、伝統がない学校で野球部を作り上げて実績を作れば、自分の指導方針や指導力が間違っていなかったという証明にもなる。富島への異動は半ば自身の希望でもあった。

 「3年で九州、4年で甲子園」と大きな目標を掲げゼロから野球部を立ち上げる意気込みでグラウンドに立ったが「ないない尽くしに驚いた」と苦笑する。そもそも部員がいなかった。2年生が5人、3年生は1人もいなかった。前年秋には部員不足で大会にも出ていない。13年春の大会は都農と合同で出場した。1年生が6人入部することになっていて、夏の大会出場は単独出場が可能だが、甲子園や九州大会を目指す前に、「1勝する」ことはおろか「公式戦に出る」ことさえ危ぶまれる学校だった。

 学校は商業科、会計科、生活情報科など全日制5学科に定時制1学科があり、全校生徒数は590人。この内、女子が436人と7割以上を占める。野球などスポーツの強豪校というよりは女子の実業学校のイメージが強い。野球部は70年の歴史はあるが「昔は弱くて、お金もなくて軟式のバットで試合に出たら試合中に折れたという話をOBがしていました」と和田 光央教頭は言う。

[page_break:小さな変化から九州大会出場へ]

小さな変化から九州大会出場へ

富島高校【前編】「ないない尽くし」から5年で掴んだ甲子園 | 高校野球ドットコム
練習中の様子(富島)

 グラウンドの土は荒れ、防球ネットもない状態だった。事務室に掛け合ったり、OBや保護者の協力も得て、内野に黒土を入れ、ネットを張り、打撃練習のための鳥籠を作った。部員には携帯電話を禁じ、身体を作るためプロテインなどの強化食を導入した。こういった取り組みを始める際には「必ず保護者を集めて、きちんと説明してから導入を決めた」。

 2年目の春からは中川清治氏がコーチとしてスタッフに加わった。中川コーチは学校の近所にある建築会社・建総の専務であり、社長が濵田監督と同じ宮崎商の先輩という縁で指導に加わることになった。学校のある日向市内でソフトボール少年団の指導に長年携わった経験があり、地元の小中学生の野球事情に通じていた。実績のない富島は地元の優秀な野球少年が進路の選択肢として選ぶ学校ではなかったが、中川コーチの案内で濵田監督が熱心に声を掛けて回った。

 16年春からは濵田監督の宮崎商時代の教え子で上武大出身の中尾拓が建総に就職し、コーチ陣に加わって、スタッフはさらに充実した。建総の社員寮を改装し、日向市外から通う部員のための野球部寮もできた。
 そういった取り組みが早々と実を結び、15年秋に県大会準優勝、翌16年春は優勝し、2季連続で九州大会出場を果たした。

後編では甲子園までのプロセスと、選抜に向けての取り組みを伺います!

(取材・文=政純一郎

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.06.22

【鹿児島】神村学園は鹿児島商と沖永良部の勝者と対戦、鹿児島実は大島と初戦で対戦<夏の甲子園県大会組み合わせ>

2024.06.22

【岐阜】県立岐阜商は高山西と対戦、同ブロックに中京<2024夏の甲子園県大会組み合わせ>

2024.06.22

南北海道室蘭支部が開幕!北海道栄、苫小牧中央がコールド発進【2024夏の甲子園】

2024.06.22

【愛媛】23日に抽選会!名門・松山商が1歩リード、済美、今治西が追う展開か<夏の甲子園県大会組み合わせ>

2024.06.22

奈良の組み合わせ決まる!天理と智辯学園が同ブロック、春秋Vチームが4強かけて激突も【2024夏の甲子園】

2024.06.21

なぜ高校野球の新たなリーグ戦は拡大し続けているのか?『チームのために個人がいる』ではなく『個人の成長のためにチームがある』~野球指導者・阪長友仁のビジョン後編~【『新しい高校野球のかたち』を考えるvol.7】

2024.06.18

今夏埼玉の注目野手18人! ドラフト1位級の花咲徳栄スラッガーを筆頭に浦和学院・昌平らに大型選手が揃う【埼玉注目野手リスト】

2024.06.18

昨夏甲子園出場の東海大星翔進路紹介!遊撃手は阪神、エースは専修大、主将はレギュラーとして大学選手権出場!

2024.06.19

夏の兵庫大会のヒーロー候補21人!報徳学園・今朝丸、神戸弘陵・村上の「151キロ右腕二人」が筆頭格!投打にタレント揃いの東洋大姫路にも注目

2024.06.18

激戦区・兵庫の組み合わせ決定!センバツ準V報徳学園は舞子と明石北の勝者と、3連覇狙う社、プロ注目右腕・槙野遥斗擁する須磨翔風など注目校の初戦は!?【2024年夏の甲子園】

2024.05.31

【24年夏全国地方大会シード校一覧】現在34地区が決定、佐賀では佐賀北、唐津商、有田工、龍谷がシードに

2024.05.25

首都2部優勝の武蔵大の新入生に浦和学院の大型左腕、左の強打者、昌平の主軸打者など埼玉の強豪校の逸材が入部!

2024.05.24

春季近畿大会注目選手17人! 智辯和歌山の大型右腕、大阪学院大高の全国トップレベル遊撃手、天理のスラッガーコンビら逸材がこぞって出場!

2024.06.21

なぜ高校野球の新たなリーグ戦は拡大し続けているのか?『チームのために個人がいる』ではなく『個人の成長のためにチームがある』~野球指導者・阪長友仁のビジョン後編~【『新しい高校野球のかたち』を考えるvol.7】

2024.05.25

【長崎】長崎北、長崎日大、創成館などが勝利<NHK杯地区予選>