鈴木誠也、清宮、オコエらスターが駆け抜ける、時代を彩った名将が去る……東京の高校野球は新時代に【東西東京大会50周年物語・最終回】
関東一時代のオコエ瑠偉、二松学舎大附時代の鈴木誠也、早稲田実業時代の清宮幸太郎
6月15日、第106回全国高等学校野球選手権東西東京大会の抽選会が行われた。
【トーナメント表】夏の東東京大会 組み合わせ
【トーナメント表】夏の西東京大会 組み合わせ
今年は東西に分かれて50周年という節目の1年になる。最終回では平成後期から令和に入っての出来事を振り返っていく。東京の高校野球は大きな変わり目を迎えている。(文中敬称略)
これまでの記事を読む:
◇なぜ、夏の甲子園で東京は2つの代表枠を持つことができたのか? “絶対権力者”の反対を振り切った一人の名物監督の“力 ”【東西東京大会50周年物語①】
◇“超不人気”だった東京の高校野球を「3つの出来事」が変えた! 東京ローカルチーム・桜美林の全国制覇、都立高の甲子園出場、そして……【東西東京大会50周年物語②】
◇東東京の横綱に上り詰めた帝京、関東一の軌跡~前田三夫と小倉全由、2人の名将~【東西東京大会50周年物語③】
◇日大三・國學院久我山・堀越……西東京の群雄割拠が井口資仁、井端弘和ら名選手を生んだ!【東西東京大会50周年物語④】
◇2006年夏にあった斎藤佑樹“もうひとつの激闘”!早稲田実vs.日大三、西東京大会決勝【東西東京大会50周年物語⑤】
帝京と日大三の強さが際立った00年代
東京都高校野球連盟のホームページでは、2005年以降の大会の結果を検索することができるので、ここからは、駆け足で流れを記したい。
07年の東東京大会は、中村 晃が主将となった帝京が優勝。甲子園でも準々決勝に進出したが、優勝した佐賀北に延長13回の熱戦の末、敗れた。西東京大会は決勝戦で八王子を破った創価が優勝した。
08年の東東京大会は、関東一がセンバツに続けて甲子園大会出場を決めた。00年に監督に就任した米澤 貴光にとって、監督としての初優勝になる。西東京大会は日大鶴ヶ丘が18年ぶりの優勝を決めた。97年に監督に就任した萩生田 博美監督になって初の甲子園であった。
09年の東東京大会は決勝戦で都立雪谷を24―1で破った帝京が優勝。甲子園では準々決勝まで勝ち進んだ。西東京大会は、決勝戦で日大二を19―2で破った日大三が優勝した。
この時期、東京では帝京と日大三の強さが際立っていた。翌年のセンバツには帝京と日大三が出場。日大三が準優勝で、帝京が準々決勝に進出した。夏もこの両校が優勝候補であったが、エースの山崎 康晃(現横浜DeNA)擁する帝京は5回戦で国士舘に6-14で敗れ、エースの山崎 福也(現日本ハム)を擁する日大三は準決勝で日大鶴ヶ丘に延長14回、5-6で敗れた。
東東京大会は関東一、西東京大会は早稲田実が優勝した。甲子園で両校は3回戦で対戦し、10―6で関東一が勝った。