試合レポート

仙台育英vs早稲田実業

2013.03.30

試合中の一つのプレー・瞬間のジャッジで大きく結果が変わってくるのが野球である。
今大会、松倉雄太が試合を決定づける「勝負の瞬間」を検証する。

力投するエースの願いに気づきが一瞬遅れてしまったベンチ

 3回表に1番山岡仁実(2年)のタイムリーで1点を先制した早稲田実業。エースの二山陽平(3年)は中盤まで仙台育英打線を2安打無失点に抑える好投を見せていた。

 仙台育英にとっては、ヒットどころか四球でも走者を出せない状況。1対0の展開までは予想してなかった佐々木順一朗監督は、「全く打てる気がしなかった」と3回の1点が致命傷になりかねない思いを5回くらいから抱いていたという。
 ただ、先発した背番号10の馬場皐輔(3年)が何とか踏ん張り、最少失点で凌いでいることが、指揮官にとっての救いだった。

 このまま二山が投げ勝つのか、それとも終盤にヤマがあるのか。少なくとも6回を終えた段階では予測が難しいゲーム展開。それほど二山の内容が良すぎた。

 この展開で最初に動いたのは早稲田実業の和泉実監督。6回裏に二死二、三塁のチャンスで6番鈴木夏亥(3年)に代えて、松本飛勇馬(2年)を代打で起用する。
 『何とか追加点を』そんな和泉監督の気持ちが表れた最初の一手。しかしここは馬場がファーストゴロに打ち取り無得点に終わった。

 少しずつ様子が変わり始めたのが7回表。中軸からの攻撃だった仙台育英は、4番の上林誠知(3年)がこの試合で初めての四球を選び、続く5番水間俊樹(3年)がセンターへのヒットで続く。それでもここは二山が踏ん張ったのだが、この攻撃が次の8回への伏線となる。

 7回裏を0で抑えた馬場は、次の攻撃で打席が回ることもありここで役目を終えた。
 8回表、一死から馬場の代打・小野寺俊之介(3年)が初球をレフト前へ運び出塁。これをきっかけにヒットと死球で満塁のチャンスを作ると、3番長谷川寛(3年)の打席で二山が痛恨の暴投。ついに、追いつくことに成功した仙台育英。長谷川が三振に倒れて二死二、三塁で4番の上林が打席に立った。

 二死ながら一塁ベースが空いている状況。上林勝負か、それとも5番水間との勝負を選ぶのか。早稲田実業のキャッチャー・利光健作(3年)は思いを話す。
 「自分達の中では3、4、5番は変わらない力を持っていると思っていました。上林君を敬遠しても水間君がいたので、変に敬遠するよりも勝負を選びました」。
 攻める仙台育英の佐々木監督も上林の所で勝負をしてくると見ている。左打者の上林がこの試合では二山の球にタイミングが合っていなかった。さらに「5番の水間が合っていた」とも話す。前のイニングで打った水間の一打が、勝負への重要度を増した8回の攻防に繋がった。

 1ボール2ストライクからファウルで1球粘った上林。5球目、強気の姿勢を見せていたバッテリーが「一番練習をしてきた球です」と選んだのが外のスライダー。それに上林のバットが当たった。強烈な打球で二山の頭の上を越え、センター前へ。二人の走者が生還し、ついに仙台育英がゲームをひっくり返した。

 勝負所で4番が放った一打。得点だけでなく、球場の雰囲気もガラッと変わった一打に、「また上林がおいしいところを持っていった」と仙台育英サイドは歓喜に包まれた。
 この場面の伏線に繋がるヒットを7回に放っていた5番の水間は、「打ってくれて楽な気持ちになりました」とホッとしたことを明かす。
 一方で打たれた二山も、「相手が上だった」とこの一打を讃えた。

 この後、9回に追加点を挙げた仙台育英は、エース・鈴木天斗(3年)がしっかりとリリーフをして勝利を掴み取った。

 さて、上林の一打に繋がる伏線として7回表の場面を挙げたが、もう一つのポイントが7回裏にもあった。そこには1点を守るチーム内のわずかな動きに勝負の瞬間(とき)が隠されていた。


 下位打線からの打順となる7回裏の早稲田実業の攻撃。7番吉見健太郎(3年)と8番利光が倒れて二死となる。打順は9番でピッチャーの二山。ここで最後の投球イニングとなる馬場からファウルで粘るなどして四球を選んだ。二山にとっては今大会で初めての出塁。

 この場面が勝負の瞬間(とき)となる。

 一塁ベースに進んだ二山がベンチへ向かってジェスチャーをした。
 『ウインドブレーカーを持ってきてくれ』

 この動きに慌てて控え選手がウインドブレーカーを持っていき、二山は袖を通した。結果的に二山は二塁ベースで攻撃が終わる。そして直後の守りがあの8回表であった。

 ここでの場面、重要なのは1対0で力投を続けるエースが粘って塁に出たことにある。次の1番山岡はタイムリーを放っていることもあってベンチは追加点を期待できる状況になった。塁に出た二山は話す。
 「練習試合ではあまりウインドブレーカーを着ないのですが、公式戦では着ることもある。今日は塁に出たら持ってきてほしいと試合前に言っていたのですが・・・」

 塁上の二山自身が送ったリクエストでようやく気付いたベンチ。着用する時間もあり、二死から走者が出た良い流れが少しだけ変わった。
 相手指揮官でピッチャー出身でもある佐々木監督はこう話す。
 「最初に(すぐに持っていけるよう)用意をしていなければいけないですね。その割には遅れたのかなと思いました」。

 佐々木監督が言う状況ができていたのならば、二山自身がリクエストをする前にベンチが動けただろう。スタンドから見える範囲では、ベンチ内でリクエストの前に気づいていた選手はいなかった。

 1対0の厳しい展開を懸命に守る投手。心理状態を考えれば、すぐに持って行きさえすれば『気遣ってくれてありがとう』と気分が良くなる。それがピッチングのリズムに反映される確率が高くなるのだ。

 野球には【ベンチワーク】という言葉があり、選手もよくこのフレーズを使う。バット引きやエルボーガードを受け取りに行くのと同様、ピッチャーが出塁した時にどうすべきかを決めておくことも非常に重要な要素だということをこのゲームが教えてくれた。

 些細な事でも時にはゲームの行方に大きな影響を及ぼすのが、野球の奥深さだとも言えるだろう。

(文=松倉雄太)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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