龍谷大平安vs明石商
明石商の心理を徹底についた市岡の投球術 型がないのが長所の吉高の誤算
12回裏、龍谷大平安・小川がサヨナラ打を放ちガッツポーズ
明石商は龍谷大平安の左腕、市岡 奏馬(3年)の攻略法として低めボールゾーンに落ち込むスライダーを振らないことを選手に伝えたという。
しかし、「ボールをよく見ろ」と言われればバッターにバットを振れない心理が生まれるように、「低めのスライダーを振るな」「見極めろ」と言われれば、やはりバットを振りづらい心理が生まれる。結果的に明石商打線は延長12回、175球中39個のストライクを見逃し、見逃し率(全投球に占めるストライクの見逃しの割合)は22.3%に達した。1~3回までは30.6%なので、4回以降はまだ振れたほうである。ちなみに、10%以下は振りすぎ、20%以上は見すぎというのが私の判断で、15、6%が最も適正な値である。
市岡はうまかった。明石商打線が待球作戦にきているのを察知するとストレートを躊躇なくストライクゾーンに入れて打者を早々と追い込んでいく。1、2回はそれぞれ12球中ボール球が4個、3回は12球中ボール球が5個という具合にストライク率が高い。
スライダー以外には同じように縦変化するチェンジアップがあり、これらの変化球がストレートと同じように高角度から落ち込んでくる。途中まで同じような軌道でくるから打者はたまったものではない。
明石商の先発、吉高 壯(3年)は基本的にはスリークォーターだが、山なりのカーブを投げるときは上手から腕を振り、ストレートでも上手から投げることがある。つまりはっきりした型がなく、それが強みになっているという不思議なピッチャーだ。
この日のストレートの最速は144キロとそれなりに速いが、通常は130キロ台が多い。ここぞというときに腕を振ってくるのでストレートの最大の緩急差はおおよそ±10キロ。100キロ台前半のカーブも多投してくるので、ストレートはよけいに速く感じる。腕を振るとボールがピュッと手元にきているような感覚だろうか。
基本的にはカーブ、スライダー、カットボールを交えた左右の攻めが基本で、時折120キロ未満で落ちるツーシームらしきボールがくる。本当にとらえどころのないピッチャーである。
クセの強い両投手を相手に明石商も龍谷大平安も打線が沈黙したが、先行したのは明石商だ。6回表、2死走者なしから1、2番打者が四球、死球で出塁し、3番・橋本 和紀(3年)のレフト前ヒットで二塁走者・大西 進太郎がホームに飛び込んできた。惜しかったのは7、8回の加点機にバント失敗が響いて無得点に終わったことだ。
7回は1死から吉高が三塁打で出塁したが、7番・大田 亮佑(3年)がバント敢行も空振りの三振に倒れ、吉高が飛び出して併殺。8回は無死一、二塁で1番大西が3球続けてバント失敗で三振、後続も倒れて絶好のチャンスをものにできなかった。
龍谷大平安のサヨナラの場面でもバントが仇になりそうな気配があった。5番・市岡がノーアウトから二塁打を放ち、6番・冨田 慎太郎がバントで送り、1死三塁の場面。明石商バッテリーは7、8打者を敬遠の四球で満塁策を取り、9番打者をカットボールで三振に切って取る。この2死満塁の場面で打席に立った1番・小川 晃太朗は何を思ったかバントファール、バント空振りをして2ストライクに追い込まれる。
この場面でバントを2つするということは打つことに自信がないということである。その打者にボール球を挟んだあと明石商バッテリーはストレートを選択した。打つことに自信がなく、ボールカウントが1ボール2ストライクなら、どのコースに変化球を投げても振ってくる。できればボールゾーンにスライダーを曲げたかったが、吉高が投じたのは高めへの139キロのストレート。これを小川は左中間に運んで、三塁走者がサヨナラのホームを踏んで長い熱戦に終止符が打たれた。
明石商にとってはいろいろな面で惜しい試合だったが、古豪の龍谷大平安にとっては新興の明石商に負けたくないという心理があったはずだ。平安魂が垣間見えた試合で、これで春夏通算100勝に王手がかかった。
(文=小関順二)
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