試合レポート

不来方vs大槌

2012.07.19

町の人々のため、お世話になった方々へ感謝の想いを伝えるために――

想いが、伝わってきた。

2点リードされた9回表の大槌の攻撃。
二死走者なしから7番の八幡海(3年)の詰まったショート前への小フライがワンバウンドして内野安打になる。さらに、暴投で二塁に進んだ。
だが、打席の代打の関谷大(3年)はカウント2ボール2ストライクと追い込まれた。

あと1球。

ベンチから必死に声援を送る選手たち。外角の直球に関谷が必死に食らいつくと、打球は渋くライト前へ。3年生唯一の二桁番号の意地が、1点差に迫るタイムリーヒットになった。佐々木雄洋監督も思わずベンチから飛び出してガッツポーズ。その表情には、こんな気持ちが表れていた。

オレたちは負けない。
最後まであきらめない。
大槌町の人々のため、お世話になった方々へ感謝の想いを伝えるために――。

佐々木監督がもっとも想いを伝えたい人がいた。
駒大苫小牧の香田誉士史元監督(現・西部ガスコーチ)だ。2011年の1月、縁あって駒大苫小牧で合同練習をさせてもらった。3月11日の東日本大震災の後は、香田元監督が発起人になって誕生した「被災地に球音を取り戻す会」の支援で公式戦のユニフォームや野球道具を贈ってもらった。
5月には駒大苫小牧の招待で苫小牧に遠征。試合中は駒大苫小牧のブラスバンドとチアリーダーが大槌に声援を送ってくれた。12月にはブラスバンドとチアが大槌を訪れ、演奏と演技を披露してくれた。
今年1月には、佐々木監督が香田元監督の同級生で結成された「46会」に招かれ、今治西・大野康哉監督、早鞆・大越基監督や神埼清明・森田剛史監督(元佐賀商監督)ら甲子園を知る指導者と交流する機会を与えてもらった。

この日の朝も香田元監督からメールでアドバイスをもらった。
「勝ってるときは、監督は余計なことをするな」
スタンドの応援も、ほとんどが駒苫ブラスバンド直伝の応援曲。音楽だけ聴いていると、まるで駒大苫小牧が試合をしているかのようだった。
「(南北海道大会室蘭支部予選で敗退した)駒大苫小牧の分まで勝ちたいという想いが強かった」と佐々木監督。


それだけに、悔やまれるのが序盤の守りだ。
1回一死一塁ではサードが平凡なゴロをエラー。直後に2点タイムリー二塁打を打たれた。2回にも1点を失った後の二死二塁からライトがなんでもないフライを落球。やらなくてもいい点数を与えてしまった。
「ベスト8で『あと3つ』とか周りからかけられる声も変わってくる。自分自身が初めて見る景色で難しかったです。序盤は様子見で入ってしまった。ダメでもイケイケでよかった」(佐々木監督)
監督を含め、硬くなった結果が5失点につながってしまった。

3回まで0対5。コールド負けしてもおかしくない流れだったが、それでもあきらめないのが大槌ナインだ。
6回には先頭打者の代打・佐野智則(1年)が四球で出ると、盗塁。失敗に終わるが、直後に四球、バント安打で一、二塁とすると、今度はダブルスチールをしかけて成功させた。
佐々木監督は話す。

「(大量リードを許し)打つしかないという場面だったのでしかけました。攻めて失敗でもしかたがないと。しかけてくるとなれば相手も慌てるかもしれない。弱者の戦法です」(佐々木監督)

この積極策で流れを呼ぶと、3番の岡谷惇喜(3年)がライト前にはじき返して2点を奪った。
さらに、8回には一死からレフト前に安打を放った1番の柏崎翔大(1年)が、相手の緩慢な動作のスキを突いて、一気に二塁へ。二死後、再び岡谷がタイムリー二塁打を放って2点差とした。
シングルヒットの打球を二塁打にした走塁は、05年夏の甲子園で駒大苫小牧の岡山翔太が1対6とリードされた鳴門工戦の7回に見せた走塁と重なる。岡山は先頭打者として一、二塁間を破る間を放つと、ノンストップで二塁へ。あわてたライトの悪送球を誘って三進した。駒苫はこれをきっかけにその回に一挙6点を奪って逆転しただけに、あわやと期待させるプレーだった。
「岡山君の走塁は覚えています。(積極的に前の塁を狙う走塁は)練習からいつもやっています」(佐々木監督)

負けているからこそ、攻める。
失敗を恐れず、積極的にプレーする。
そんな意識が伝わってくる攻撃だった。


東日本大震災による大津波で、大きな被害を受けた大槌。部員たちの多くは自宅も野球道具も流された。高台で被害を免れた学校のグラウンドは自衛隊の駐在地になった。
捕手の金野は母と姉、祖母を亡くし、今も仮設住宅で暮らしている。もともと投手だったが、本来なら正捕手だった選手が震災後に転校。チームのために捕手をすることを決意した。
佐々木監督とマンツーマンでの特訓。いくつものあざを作りながらワンバウンドブロックの練習もした。
延長15回の死闘となった2回戦の盛岡農戦では、9回裏一死満塁のピンチで相手スクイズのフライを飛びついて好捕。併殺にしてサヨナラ負けのピンチを救った。3回戦の盛岡北戦では、1対0で迎えた9回一死満塁の場面で相手の三塁走者の動きを見て、岡谷がとっさに高めに投げた球に反応。スクイズを外し、ピンチを切り抜けた。急造捕手と思えない守りで、チームを救った。

盛岡農戦も0対5から追いつき、延長15回の末に勝利をつかんだ。そして、この日も。5点差を1点差まで追い上げた。
「沿岸の端っこにある小さな学校でも勝てるというのを見せたい」
キャプテンの岡谷がそう言っていたように、あきらめない心、攻め続ける姿勢は最後まで見せた。

「彼らとの思い出はたくさんありすぎますけど……。終わってみて、思い浮かぶのはユニフォーム姿ではなくて、避難所で生活している姿ですね。野球ができていることがすごいこと。3年生にはありがとうと言いたい。彼らとは一生つきあっていきたいです」
そう言って涙を浮かべた佐々木監督。監督の涙と3年生の想いは、後輩たちに託される。今春に1年生9人が入部し、10年ぶりに部員20人を超えた大槌。新チームにはレギュラー4人を含む12人が残る。

「新チームになると、いつも(他の部から)借りている状況だったのが、普通にやれるだけでもありがたい。僕はいつも失敗しないとわからないので、この失敗を活かしたい」と前を向いた佐々木監督。

13年ぶりのベスト8進出で地元に勇気と希望を与えた大槌ナイン。

オレたちでもやれる、できる。
被災者として励まされる立場から、地域の人々を励ます立場へ。まだまだ満足するわけにはいかない。
地域の人々へ。お世話になった方々へ――。
残る12人が再び夢を届けるつもりだ。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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