明秀学園日立高等学校(茨城)【後編】
走塁は野球が表裏一体のスポーツであることを気付かせてくれる
前編では、明秀日立がなぜ走塁練習を重視するようになったかについて語っていただきました。そして後編では走塁練習に取り組み続ける中で、改めて野球の本質が見えてきたようです。そして高い走塁レベルを維持するために必要なことを語っていただきました。
走塁練習で磨かれた足を防ぐディフェンス力
健大高崎との攻防(明秀学園日立高等学校)【平成26年度秋季関東地区高等学校野球大会 1回戦 健大高崎戦】
走塁練習では選手は公式戦さながらに次の塁を狙う。一方、守る側の選手はバッテリーを中心にこれを防ぎにかかる。走る側の“本気度”が高まれば、おのずと守る側の“本気度も”高まる。金沢監督は「走塁練習にウエイトを置くようになってから、けん制をはじめとする、足を防ぐレベルが上がりました」と言う。そしてこう言葉を重ねた。
「野球は表裏一体のスポーツですからね。攻める側はいかに相手の基地(ベース)を奪うかで、守る側はいかに基地を死守するか。走塁練習がそのまま、次の塁を許さないための練習にもなったのです」
この成果を発揮したのが、昨秋の関東大会1回戦、対健大高崎高との試合だった。健大高崎高とは、前述の通り12年11月に初めて練習試合を行い、それ以来、毎年2、3試合のペースでオープン戦を重ねてきたが「ウチはまだ1度も勝たせてもらっていない(苦笑)」(金沢監督)。
その夏の練習試合でも歯が立たなかった。しかし今度は公式戦。センバツ切符もかかっている。負けるわけにはいかない。明秀日立高は健大高崎高との対戦が決まると、健大高崎高の足を封じようと、走塁練習により多くの時間を割いた。次の塁を狙う選手が、まるで敵チームの選手のような緊張感がある中、「防ぐ力」を磨いた。
「健大高崎高さんはセーフティスクイズを得意とするので、これを防ぐには三塁走者をクギ付けにしなければならない。そのため、高校野球ではあまりやらない三塁けん制の練習もしっかりやりましたし、捕手は座ったまま三塁けん制ができるよう訓練を重ねた」という。試合は3対4で惜敗となったが、昨夏の甲子園4試合で26盗塁をマークした健大高崎高から4度のけん制刺殺を奪った。
「これは走塁に力を入れたから、というのもあるでしょう。ウチもこの場面なら走りたいから、健大高崎高なら必ず走ってくると、予測ができたのです」
四度のけん制刺殺も収穫だったが、最大の収穫は「次は勝てるはずと手応えを感じたこと」だった。健大高崎高は昨秋の関東大会でベスト4となり、今春のセンバツ出場を勝ち取った。センバツでは昨夏に続き8強入りを果たしている。
「実際に健大高崎高に勝てれば、甲子園出場も叶うような気がします」
[page_break:“足のボディブロー”で関東大会切符をつかむ]“足のボディブロー”で関東大会切符をつかむ
10回裏同点からホームスチールを敢行(明秀学園日立高等学校)【第67回秋季関東地区高等学校野球茨城県大会 準決勝 石岡一戦】
もちろん、走塁に力を入れることで、走塁そのものも磨かれた。象徴的だったのが、昨秋の県大会準決勝だ。関東大会進出がかかるこの大一番、相手は昨夏の県3回戦で4対5と接戦の末に敗れた石岡一高。因縁の相手との試合は、追いつ追われるのシーソーゲームになり、延長13回に突入。
「私の野球人生の中でも強く印象に残るしびれる試合」(金沢監督)は、明秀日立高がサヨナラワイルドピッチで勝ちをものにしたが、ボディブローになったのが、随所で発揮した走塁力だった。10回裏には同点に追いついてから、ホームスチールを敢行する。
「二死三塁の場面でした。サヨナラのチャンスではありましたが、打者(津山 裕希=現3年)はさほどヒットが望めない投手。相手投手は三塁走者の動きが見えない左腕(木村 怜央=現3年)で、チェンジアップを多用する。さらに言えば、打者は右と、条件が揃っていた。それで、球速が遅くなるチェンジアップを投げる時を狙って、本盗にトライしたのです。カウント0-1からの2球目。私はチェンジアップでくると読み、サインを出しました」
タイミングは完全にセーフだったが、サインを見落とした打者がファールを打ち、これは失敗。しかし、1ボール2ストライクの4球目に再びホームスチールを仕掛ける。こちらは本塁手前でアウトになるが、この2度のチャレンジによって石岡一高は、明秀日立高の足が大きなプレッシャーとなったはず。
また、1点を追いかける12回裏には二死からヒットで出た四番・中村 健(現3年)が大きくリードを取り、実に8つのけん制球をもらう。中村は五番打者・永濱 晃汰(現3年)とのエンドランで同点のホームを踏んだが、中村の揺さぶりがエンドランの成功を呼び込んだのは間違いないだろう。
走塁力を高めるのは地道な練習の積み重ね
走塁を意識した練習に日々励む選手たち(明秀学園日立高等学校)
今春、オープン戦が始まると、昨秋はピカピカに光っていた明秀日立高の走塁力がすっかり錆びついていた。盗塁を仕掛ければアウトになる。たびたびけん制でも刺された。
「オフの間、どちらかというと打撃に力を入れていたので、カンが鈍ってしまったのでしょう。やはり走塁練習はやり続けなければいけないと、痛感させられました。走塁はできてきたと思っても、次の日には全く走れなくなる難しさがあります。昨夏の甲子園で26盗塁した健大高崎高さんにしても、今春のセンバツでは(3試合で5盗塁と)同じようには走れなかったですからね。
私も選手時代はそうでしたが、野球の練習の中で、走ることほど嫌なことはありません(笑)。頭から戻る帰塁の練習は、選手からするとかなりしんどいと思います。それでも、とにかく練習を積み重ねる。走塁力を上げるにはこれしかないと思っています」
昨秋の県決勝で、3対5で敗れた常総学院高もまた走れるチームだ。今春のセンバツ1回戦、対米子北高戦では13盗塁をマーク。宇草 孔基と常総学院竹内 諒(ともに3年)の1、2番コンビはそれぞれ5盗塁を記録した。金沢監督は「この2人の足を封じるためにも、夏に向けてバッテリー力を、特に捕手をレベルアップさせたい」とキッパリ。「そのあたりが初の甲子園出場のカギになる」と考えてもいる。
金沢監督は健大高崎高と練習試合をする際、必ず出向いているそうです。青柳監督は6歳下の“後輩”ですが「今はあいつの方が実績は上ですからね」と笑いながら、おっしゃっていました。
「夏の甲子園で4強に導いたのは過去のこと」と、明秀日立高の監督として1から甲子園出場に挑んでいる金沢監督。その謙虚な姿勢に心打たれました。金沢監督、そして取材にご協力いただいたチームのみなさん、ありがとうございました。
(取材/文・上原 伸一)