高校通算70本塁打の教え子が明かす慶応・森林監督の「チームを大人に変えた圧倒的手腕」
この夏の甲子園(第105回全国高校野球選手権記念大会)で、慶應義塾(神奈川)が103年ぶりの決勝進出を決めた。慶應義塾の取り組みや、慶應義塾を率いる森林監督の指導理念などが大きく脚光を浴びている。慶應義塾をよく知る人物として、慶應義塾高のスラッガーとして活躍した谷田 成吾氏に当時を振り返ってもらった。
谷田氏は2009年に慶應義塾高に入学。甲子園出場はなかったものの、高校通算70本塁打を超えるスラッガーとして注目された。高校日本代表も経験し、アジア優勝も経験した。その後、慶應義塾大、ENEOS、徳島インディゴソックスでプレー。引退後は徳島インディゴソックスの球団代表を務めるなど、現在もバイタリティー溢れるビジネスマンとして活躍をしている。
そんな谷田氏に当時の思い出を語ってもらった。
当時の監督は上田誠氏。上田氏は「エンジョイ・ベースボール」という今の慶應義塾高の礎を築いたといっても過言ではない名指導者である。谷田氏は上田前監督からは「今までの高校野球のイメージから離れたことをする人なので、野球観などいろいろ学ぶことがありました」と振り返る。
森林貴彦監督は当時、コーチとしてチームに携わっていた。
「森林さんは主にAチームよりもBチームをみることが多かったんですけど、森林さんが高校生だったときに上田さんが監督になられたので、森林さんは上田さんの野球観に感銘を受けて、高校野球の指導者に携わったと聞いています。
上田さんの野球を継承しながらも、自分の考えをお持ちでしたので、その中で私たちの時の森林さんは『良き先輩』『良き兄貴分』というイメージでした。私が在学していた時の上田さんは、私たちとは年齢も離れていたということもあって、中間にいる森林さんは良いアドバイスをいただいたり、色々話をしていただきました」
当時から森林監督の熱い思いや、熱心な指導は選手たちに届いており、慕われていた。
「当時から幼稚舎の先生でしたが、授業が終わってからグラウンドにある日吉まで通っていて、そこから指導をいただいて、熱い思いを感じました。
上田さんはまさに『パイオニア』という感じで、破天荒なところがあったんですけど、森林さんはそれをうまく取り込んでくれて、森林さんがいたからこそチームにとって良いバランスになっていました。現役中は森林さんが『人格者』だと思うことが多くありました」
そんな森林監督が率いる現在のチームを熱心に応援し、甲子園で応援した。甲子園で躍動する後輩たちの姿に「素晴らしいとしかいいようがないですね。自分たちの時と比べると大人な選手が多いです。プレーや、発言を聞くと、視野が広くて、視座が高いと感じます。
野球界を変えたいとプレーしている選手がいることを聞きますし、そういう面で僕たちの時も一回りも、二回りも、精神的に大人のメンバーなんだなと感じます。これも森林さんの手腕なのかなと思います」と目を細める。
決勝戦もアルプスで観戦する予定だ。選手たちには、「楽しませてもらってありがとうという気持ちですね」と語る。
103年ぶりの決勝進出。ベスト8以上進出は、2008年以来の15年ぶり。「楽しませてもらっている」という谷田氏の言葉は多くの慶應義塾高OBの思いに違いないだろう。
決勝戦の相手は仙台育英(宮城)。アルプスにいる多くのOBを楽しませる戦いができるか注目だ。