薩摩中央vs鹿児島実
一枚岩の薩摩中央
今年の九州地区は大きな波乱が少ない。豪腕・松田遼馬を擁するセンバツ出場組の波佐見が、長崎初戦で散ったぐらいか。しかし、各地で実力どおりに進行してきたトーナメントも、ここへ来て大きなうねりを見せ始めている。そして、今夏の九州で最大の波乱が起きた。鹿児島実の敗退である。
春夏通算25度の甲子園出場、1996年センバツ制覇、3度の甲子園ベスト4強以上、ベスト8強以上は8度も経験している鹿児島実の歴史の中でも、今年のチームこそが「歴代最強だ」と言う関係者もじつは多かった。
昨夏の鹿児島を制し、甲子園に出場した当時のレギュラー5人が引き続きチームの主力を成す。エース野田昇吾は最速143キロの直球と高回転スライダーの精度にますます磨きがかかり、打線は九州最高の左打者・豊住康太を筆頭に濱田竜之祐、揚村恭平ら強力クリーンアップが圧倒的破壊力をフル回転する。
昨秋の九州大会では投打ともに質の違いを見せつけるかのような優勝を遂げ、九州王者として出場した神宮大会では準優勝を果たした。
「優勝候補」として出場した春のセンバツでは、優勝した東海大相模に敗れたが堂々のベスト8。その後、地元で行なわれた春季九州大会ではエース野田を温存し、控えメンバーを強化しながら選手層の厚さを見せつけての優勝。第1シードの今夏も鹿児島突破は有力と見られ、“それ”を成し遂げた瞬間にたちまち夏の全国優勝候補の筆頭に躍り出るだろうと言われていたのだ。それだけ、鹿児島実の実力は頭抜けていたのである。
そして、これを破ったのがノーシードで1回戦から勝ち上がり、この鹿児島実戦が6試合目となる県立の薩摩中央。その校名が聞きなれないのは、宮之城高校と宮之城農高が合併してわずか6年の月日しか経過していないからだろう。
さつま町にある薩摩中央は2009年秋に県ベスト4まで進出したことはあったものの、昨夏、昨秋はともに2回戦敗退。今春は3回戦まで進むのがやっとだった。
そんなチームが「全国制覇も狙える」と騒がれた本命・鹿児島実を喰ってしまったのだ。一番の勝因は、なんといっても先発・崎山貴斗の好投だった。
崎山は3回に鹿児島実の2番・杉山正にスクイズを決められ1点の先制を許したものの、中盤以降は低目を大胆かつ丁寧に衝く投球が冴えた。直球は130キロ台前半から中盤ながらも、ボールひとつぶんの出し入れをテンポ良く行なう投球に、思わず蟻地獄の罠にハマっていったかのような九州最強打線。
「真っすぐが走っていました。スライダーの制球力、キレともに言うことはナシといったカンジでした」
とは崎山をリードした富満祐太の談。
鹿児島実・宮下正一監督が
「崎山くんの良さに尽きた試合です。あの小気味良さの前に2点目が遠かったですね」と脱帽するほどの出来だった。
巧妙な出し入れによって外のボールを見せておきながら、大胆に内を衝く。低目のボールで追い込みながらも、適度に荒れた高目への釣り球でフライアウトを稼ぐ。
「打たれたら相手打線を乗せてしまうので、一番注意していました」という5番・揚村には、大胆に内角で起こしておきながら外に大きく流れるスライダーを泳がせての2三振を奪っている。
「相手は全打者が4番みたいなもの。ただ、崎山は今までのかわす投球ではなく、格上相手にどんどん内を衝いていけたのが良かったと思います」と、してやったりの富満だった。
打線は6回に二死から5番・原優介の中前打で同点、7番・萩木場拓未の左前打で逆転。7回には決め球が甘くなり、3ボールピッチングで苦しむ野田を攻め、4番・富満の2点右前敵時打で王者を突き放す。
この一気呵成の攻撃を、8回に追撃の弾丸ライナーを右翼席に突き刺した鹿児島実・豊住が振り返る。
「薩摩中央は全員が一枚の壁となって向かってきていました。もの凄い脅威でした」。
最強の呼び声高い真夏の鹿実をねじ伏せて、ついに決勝まで辿り着いてしまった薩摩中央。たったひとつの勝利によって、準決勝まで鹿児島実に注がれた全国からの視線が、自ずとこの挑戦者へと向けられることとなった。勝ち負けは蓋を開けてみるまでは分からない。しかし、目には見えない“良い風”が吹いていることだけはたしかだ。
史上最大の下克上はなるか。うだるような鹿児島の夏が、予想外だにしなかったフィナーレを迎えようとしている。
(文=加来慶祐)