熊本工vs千原台
江崎信仁(熊本工)
江崎信仁の心意気
どんな苦境に立たされてもこの男がいつも背中で引っ張っていた。
新チーム結成後の熊本工は、昨秋に3回戦、今春は準々決勝で敗退するなど全国屈指の名門としては物足りない成績だったかも知れない。
だが、彼はいつもチームの先頭に立って、学年を問わず周りに声を掛けたり、試合では体を張った気迫溢れるプレーで魅せてくれる。まるで見ている人の魂の深いところを揺さぶるかのように。
この日の江崎も半端ない気迫がみなぎっていた。
1点を先制された直後の1回裏。先頭の江崎が、千原台の先発・根間健人の投げ込んだ内角低めのストレートを左中間に弾き返すと5秒85の快足を生かして一気に三塁へヘッドスライディング。思わず、三塁ベース上で自らの思いをにじませるように両手こぶしを握り締めた。
「(今チームは)弱い、弱いといわれていたので、何としてでもという気持ちがバットに乗り移りました」
この一打に勢いついた熊本工は、千原台の投手陣に15安打を浴びせ、計9点という得点をあげ、今春の王者を8回コールドで下したのだ。
試合後、熊本工の林幸義監督が開口一番「やっぱり江崎がよかった」というように江崎の心意気を指揮官も十分にわかっている。そしてこの日の江崎も5打数4安打、3得点というリードオフマンとしては、この上ない活躍を果たした。
江崎信仁(熊本工)
そんな江崎だが、幾度もケガにも悩まされていた。1年時には、バント練習の際に左手指を脱臼、2年夏の大会中では右足のくるぶしに死球を受けて骨折するなど、自らの力を思う存分、発揮できていなかったこともあった。
「ケガだけはしないように」
そんなことを自分に言い聞かせながらも、試合になれば、自然と江崎のアドレナリンが出てくる。
この日も冒頭でも紹介した初回の三塁打、そして6回のセーフティーバントとともにヘッドスライディングした際に右足を痛めてしまい、一時は立てないような場面もみられた。
ただ、本人は至って冷静だ。
「試合中は、痛いとか言ってられませんから。アドレナリンがそうさせているのかも知れませんね」
足を引きずっていた直後の8回の場面では、一気にホームを駆け抜けたように、痛みを堪えながらもそれを感じさせない全力プレーからは江崎の心意気が感じられた。同時にその気持ちがベンチ、スタンドを問わず浸透し“チーム熊本工”といった一体感を生んでいるのかも知れない。
そしてそれは藤崎台を訪れていた大勢の観客にもヒシヒシと伝わっていたのではないか。
「自分たちは挑戦者。メンバー外の選手といっしょに束になって戦えば、勝てるんだ」
江崎の発する言葉は、ひとつひとつに重みがあり、全国屈指の名門といえども泥臭いプレーからは、果敢に挑み続けるという心意気がうかがえる。
自分たちは挑戦者-。
(文=編集部:アストロ)