大阪桐蔭vs履正社
野球は何が起こるか分からない
これが、野球の怖さ。
そう思わずにはいられない試合だった。
「(8回は)自分に特に何も変化はなかったんです。疲れとか、異変とか…。自分ではコーナーを突いているつもりで投げた球が全部ボールと言われてしまって。自分でもどうしていいのか分からなかったんです。でも…あんな風になってしまった自分が情けないです」。
先発した大阪桐蔭のエース・藤浪晋太郎は、優勝が決まったにも関わらず、硬直した表情で当時を振り返った。
ポイントとされていた立ち上がりに1点を失いはしたが、以降は走者を出しても連続三振を奪うなど何とか後続を断ってきた藤浪。7回まで、打たれたヒットはわずか3本。だが、味方の失策や自ら与えた四球でピンチを作り、どこかリズムに乗り切れないでいた。
8回の表のマウンド。先頭打者を内野安打で出塁させ、続く原田涼平にはフルカウントまで追い込むも四球。すると、次の沖田勝俊から3人の打者に3連打を浴びて2点を失った。
無死・満塁。すると、これまで水を打ったように静まり返っていた履正社のスタンドが一気に盛り上がった。
「向こうの気迫を感じました。初球からしっかり食らいついてきて、スタンドも盛り上がっていて…。相手の勢いに押されていたかもしれません」(藤浪)。
1番の熊本颯を空振り三振に仕留め、一死。ここから何とか自分のリズムを持ち直そうとしたが、常にボールが先行してしまう。続く2番の庄野雄斗にはセンター前ヒットを許し、3番の宮崎新にはレフト前…。そして4番の小保根誠には押し出し四球を与えてしまった。じりじりと加点され、10-1だったスコアが10-6になった。
なおも、一死・満塁。ここで、満を持してベンチは、藤浪から前日に好投を見せた澤田圭佑にスイッチした。
「もし、藤浪が打たれたら、自分が絶対に抑えてやると思いました。8回がああいう展開になったので、気合が入っていました」(澤田)。
昨夏の府大会決勝も、まさに同じような光景が目の前にあった。今日と同じように藤浪が先発し、5点のリードをもらいながら東大阪大柏原打線に1点差までじりじり追い上げられ、7回途中で降板。だが、マウンドを受け継いだ中野が勢いを止められず、9回裏に満塁からサヨナラ押し出し四球で甲子園切符を逃した。
自分は、そうなるわけにはいかない。何より、あの試合を原点としてスタートしたこのチームが、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない―。澤田はその思いを一心に背負い、魂を込めたストレートをミットにめがけた。
だが、二死後、そのストレートを7番・原田に捕らえられ、ライトオーバーの二塁打を許し、二者が生還。これで2点差。勝負は分からなくなった。球場内が完全な履正社モードの空気に染まっていたが、澤田は意外にも落ち着きを見せていた。
「1本打たれたことで、逆に余計な力が取れたんです。まだ2点差あるので、自分が悔いのないよう思い切り投げてやろうと。悔いのない球だったら打たれてもいいやという思いで投げました」(澤田)。
続く7番・沖田には鋭い打球が澤田めがけて飛んできた。
ピッチャーゴロ。だが、一塁に投げる前に、思わず雄叫びをあげてしまった澤田。それぐらい、闘志をみなぎらせていたマウンドだった。これでようやくチェンジ。長い攻撃だった履正社の8回のスコアボードには、あまりにも大きな「7」の数字が灯された。
2点差のまま迎えた最終回の履正社の攻撃。先頭の8番・乾の強いショートゴロ、代打の宇治尚貴はセカンドフライに打ち取り、二死まできた。そして迎えたのは、1番の熊本。初球を思い切り振りぬくと、打球はセンターへ。その打球がセンターを守る白水健太の前に飛び込んできた。
「最初はヒットかなと思ったのですが、回り込んでいくと、これは捕れる、と。ここでヒットにしたら、また相手に流れがいってしまうので、何が何でも捕ってやろうと思いました」(白水)。
こぼれそうになった打球に、自らのグラブを突き出す。
必死だった。もう、負けられないという意地だけで、白球を何とかグラブに収め、ゲームセット。
優勝が決まった瞬間、マウンド上にできた歓喜の輪の中には、喜びを爆発させながら拳を握り、2度雄叫びを挙げる澤田の姿があった。
「とにかく1球1球に力を込めて投げました。去年はここで悔しい思いをして、試合が終わってから3年生に“来年はお前たちが必ず甲子園に行け”と励まされました。ここ打たれたら先輩に申し訳ない。自分たちは、ここで勝つためにしんどい練習をしてきましたから」(澤田)。
試合終了後、ベンチでインタビューを待つナインのほとんどが、笑顔よりも目を真っ赤に晴らしてうつむき、中には号泣する者もいた。
履正社の気迫に圧倒された8回。でもそれ以上に自分たちの執念で2点のリードを守り切った。
優勝メダルを提げた白水が、最後にこう言った。
「これでやっと、春夏連覇という言葉を口にできます。自分たちは、まず夏に大阪を勝つことが目標でした。ここで勝たないと春夏連覇なんて出来ませんから。これでやっと挑戦できる、というのが今の気持ちです」。
たとえ藤浪が不調に陥っても、2番手投手の澤田がしっかり抑え、野手たちも懸命になってアウトを掴み取った。
全員でエースをしっかりカバーし、昨年手に出来なかった夏の甲子園の切符を手にした大阪桐蔭。
1年分の思いを、見事に形にしたナインの4年ぶりの栄冠だった。
スターティングメンバー
【履正社】
6熊本颯
5庄野雄斗
4宮崎新
3小保根誠=主将
9植田幹就
8原田涼平
7沖田勝俊
2乾駿斗
1東範幸
【大阪桐蔭】
2森友哉
4大西友也
9水本弦=主将
3田端良基
7安井洸貴
8白水健太
5笠松悠哉
6妻鹿聖
1藤浪晋太郎
(文=沢井史)