埼玉県立南稜高等学校(埼玉)
逆境から這い上がるチーム力
今春、見事埼玉を制覇した南稜高校
この春の埼玉県大会は強豪校が相次いで序盤で崩れていく波乱の大会となった。そんな中で、大会を制したのは昨秋、ブロック予選で敗退していた埼玉南稜だった。もちろん、初優勝。
学校は、JR埼京線北戸田駅から、歩いて15分程でどこにでもある公立校。グラウンドは広く、十分に試合も可能なのだが、平日はサッカー部など他の運動部との併用となることは否めない。
それに、選手個々をとってみても、取り立てて際立った選手がいるというものでもないそんなチームがいかにして埼玉の春を制したのだろう。昨秋の埼玉県大会のブロック予選敗退という逆境から這い上がってきた背景を探ってみた。
徹底した冬の反復練習の成果が出た、この春の快進撃の南稜
南陵高校野球部 遠山巧監督
選手たちが、異口同音に「成果があった」、「あれで集中力が出来た」、「意識が変わった」というのは、12月と1月に徹底した冬の練習だった。
川口青陵から異動して4年目となる遠山巧監督も、「これまで、オフの期間というのは、ある程度自主性に任せた練習をしていました。だから、筋トレをやったら、疲れを取るために早めに上がるというようなことにしていました。それを今年は100%変えて、冬場の全体練習を長くしたことが大きかったのかもしれません」と、冬の練習のメニューチェンジが大きかったと言う。
昨年に、埼玉南稜が行った冬の練習というのは、メニューそのものはシンプルにしてユニークなものだった。
通常通り授業を終えると、大方16時前くらいから全体練習が始まるのだが、日没が早い冬場である。18時頃までに体力トレーニングを終えると、その後は2時間くらいを読書タイムに当てるというものだ。この読書は、6人1グループとして一人1冊ずつを選んで、それをグループの中で回し読みするというものだ。その選択は、3冊は野球に関する本。1冊はビジネス書、1冊は学習書、そしてあと一つは自由ということで、それぞれが引き継ぐ時に簡単に内容を話すということにしているという。そのことで、考え方も整理できるし、人に物を伝えるという姿勢を学ぶこともできるようになる。
読書タイムに南陵高校野球部で読んでいる本
そして、頭を使ったあとの20時頃から2時間ほど、体育館で徹底したボール回しとゴロ捕球練習を行うというものだった。練習そのものは単調で、忍耐力を要するものである。遠山監督が「テーマは長時間の集中でした」と言うように、これで選手たちは精神的に成長していった。「地味な練習は質が高くなっていかないと続かないものです。練習そのものが単調だからこそ、より精度を上げていかないといけません」と、その成果を話す。
主将の武井和真は、「自分たちは強いチームではありません。プロ注目の選手がいるというものでもありません。だからこそチャレンジの精神を持っていないといけないのですが、“弱いことを武器”にしていかなくてはいけないと思っています」と言うが、新チーム結成時に遠山監督も、前年に比べると選手個々の能力としては決して高くないということを感じていた。それだけに、選手たちには「弱いまま強くなれ」という禅問答のようなことを言っていたという。
その意味を、選手たちが冬場の地味な長時間練習をこなしていく上で、理解していったということが大きかったともいえそうだ。
自分たちの力を認識し、状況を分析するという力を養う
南陵高校野球部 上農拳大
国語科の教員でもある遠山監督は、「逆境から這い上がるチーム力とは」というテーマで、選手たちに作文を書かせた。このことで、自分たちの力を認識し、状況を分析するという力を養うことにもなる。
春の県大会で最大のヤマ場は準々決勝の春日部共栄戦だったが、この試合は雨で47分間中断している。その間に、選手たちが意識を入れ替えられたことも大きかったという。学生コーチという立場でもある鈴木雄人は、「相手の力が上ということが明らかだった春日部共栄戦では、雨という中で、相手に対してはゴロを打ってミスを誘う、自分たちは絶対にミスをしないという意識が徹底できた。雨を想定した練習をしてきたことが勝てた要因にもなった」ということを述べている。
そうした意識を全員がもって、ベクトルが同一方向へ向かって行けたということも大きかったようだ。上農拳大は、「チーム全員が同じ目標を持ってそれを目指していかれることが大前提だと思う。誰か一人でも違う方向を向いていたら、その目標には届かないのだ」ということを分析していた。
そして、そうした揺るぎない意識を作っていったのが、冬の長い時間の練習だったのだ。富士登公太は、「無駄に夜遅くまで、長い練習をしてきたのではない」と自信を持って書いていた。「自分を追い込んでいくことによって、精神の集中が出来るようになった。それが負けたくないという気持ちになっていった」という感想こそ、指揮官が求めていたモノだったのではないだろうか。
南陵高校野球部 武井和真(主将)
さらに、武井主将は、大会では背番号10をつけていて、ほとんど試合には出場することはないのだが、三塁コーチャーが定位置で、攻撃の際にはサインも出す役割も担っている。そのサインそのものも、「ここで何をしたらいいのか、遠山先生とアイコンタクトでわかります」というくらいに、遠山監督がやりたい野球を意識として自分の中に刷り込んでいる。
また、「自分自身大事な役割を与えられて、精神的にも成長できたと思っています。親からも、『あまり、ガミガミ言わなくてもよくなったよな』と言われるようになりました」と、自分自身の成長を実感している。
選手が自分で考えて行動できる野球
[pc]
[/pc]
遠山監督は、選手が自分で考えて行動できる野球を目指しているが、その一方で、毎年同じチームは作りたくないという信念のようなものも持っている。
そうした意図を汲み取ることが出来た選手たちが集まった時、『1+1=2』以上の結果を導き出すことが出来るのである。武井主将や学生コーチとしてトレーニングメニューを伝えて実践させていく役割の鈴木雄人らが、試合だけではない部分でチーム作りの骨組みを作ってきた。そうした力が、自然に逆境から這い上がる力をつけていったような気がするチームである。
初めての大きな舞台となった関東大会は、地元開催ということで武井主将が選手宣誓の大役も担った。
初戦となった2回戦で全国区の強豪の作新学院と対戦(参照:2012年5月20日)。昨夏の甲子園ではベスト4に進出し、今春の選抜大会にも出場している相手に惜敗したものの、エース・大谷樹弘を引っ張り出し、あわや…、というところまで追い込んだ。
そうした経験もまた、埼玉南稜の選手たちを間違いなく成長させたことであろう。
(文=手束仁)