小豆島vs香川西
ピリオド。楽しさの後の寂しさ
試合終了後、ベンチから引き上げてきた小豆島・杉吉勇輝監督の目は真っ赤に潤んでいた。
惜敗。
ただ指揮官の瞳は、負けた悔しさよりも寂しさのせいではなかっただろうか。チームの3年生と思いきり野球を楽しむ時間にピリオドが打たれたことに。
3年前、小豆島高校の野球部監督に就任し、「エンジョイ・ベースボール」を掲げ、当時1年生だった現3年生を誘った。
〝野球って、こんなに面白いスポーツなんだよ。だから野球が好きなら一緒にやろうよ〟。
そして、丸刈りの義務や権威的な上下関係など、野球を楽しむ妨げになる一切を排除する。
まだまだ保守的な雰囲気が残る香川県の高校野球関係者やファンの間では、慶應義塾大学 野球部出身者らしい杉吉監督のスマートな考えを揶揄する人もいた。
「何がエンジョイだ! 厳しく苦しい練習の果てに勝利がある!!」。
だが、選手たちは杉吉監督に飛びついた。どんどん野球にのめり込み、めきめきと力を付けていった。
そして今年の春季大会。彼らの純粋な野球がついに頂点に立つ。二十四の瞳の、わずか12人メンバーで。すべての県大会を通じて初めての快挙。「エンジョイ・ベースボール」が間違いではないことを見事に証明し、周りの目の色を変えた。
迎えた選手権香川大会の準々決勝。夏3度の甲子園出場を誇る私立強豪校、香川西との大一番は9回表を終わって、7対2とリードされる苦しい展開に。
9回裏の最後の攻撃。先頭打者の6番・長町泰地(3年)が安打で出塁すると、7番・金屋雅治(3年)は二飛で倒れるも8番・阪倉都志也(2年)がフルカウントからしぶとく右前へ。続く9番・三木敦史(3年)の打席は三ゴロで一走者が封殺され、これで2死1・3塁。とうとう後がなくなった。
ところが、ここから小豆島は驚異的な粘りを見せる。
打順が戻り、1番・土居優馬(3年)が中前を放ち、まず1点。2番・角井亮介(2年)の内野安打で満塁に。3番・赤澤慎吾(3年)にも内野安打が飛び出し、さらに1点を追加。
二死満塁で7対4。
一発が出ればサヨナラという場面を作り、とうとう4番の塩田薫(3年)まで回した。
異様な空気に包まれるスタジアム。
塩田の打席のカウントが進み、2ボール2ストライクからの6球目。小豆島ナインの思いが強すぎたのか、力みがちなバットが空を切り、スタンドの大喚声がピリオドを伝えた。
「最後、よく塩田に回してくれた。持ち味の後ろに繋げる野球は十分に出来たと思う。やることは、やった。ただ相手の方が一枚上。ベストは尽くしたが、力が足りなかった」と指揮官。
そして「(最初は練習を義務的にやっていたので)選手たちは3年間、続くかなと思っていたけれど、だんだん自立していき、自分の手から離れるほど成長した。彼らが頑張ってくれたので、僕も高校野球の常識を絶対に変えようとチャレンジした。今大会で甲子園には行けませんでしたが、少なくとも島の人たちを本気にさせたと思います」と胸を張った。
マスコミの取材が終わり、興奮冷めやらぬ中で始められた現チーム最後のミーティング。野球をエンジョイし尽くしたのか、それまで涙を見せなかった3年生だが、杉吉監督の第一声で途端、頬を濡らした。
「野球、楽しかったか!」。
観る側にも野球の楽しさが新鮮に伝わる小豆島高校のプレーは、きっといつか、甲子園に訪れるファンを魅了するに違いない。
(文=和田雅幸)