愛工大名電vs至学館

因縁の対決「名電対至学館」

因縁の対決「愛工大名電対至学館」が4回戦で実現した。昨年の愛知大会決勝と同じカードだ。

昨夏、愛工大名電を相手に幾度ものピンチを切り抜けて、悲願の甲子園初出場をつかんだ至学館。だが新チームになってからの2戦（昨秋県大会・東海大会）は、ともに相手エース濱田達郎（3年）に1安打に封じられていた。「三度目の正直」で雪辱を狙う至学館が、最後まで優勝候補本命を苦しめたが、力及ばず惜敗した。

試合前、「自信が過信になっていないか。『至学館らしさ』を失ってはいないか」と精神面での心配をしていた麻王義之監督だったが、いざ試合になれば、至学館らしいチャレンジャー精神がプレーに存分に表れた。
それは、機動力。とにかく積極的に走り、名電バッテリーを揺さぶった、1回、先頭打者安打を放ち出塁した松田達也（3年）が、3番今津想太郎（3年）の初球にさっそく盗塁を仕掛け、成功させた。この後、今津が高めに浮いた濱田の134キロのストレートを真芯でとらえ、先制ツーベースとした。

逆転されてからも足攻で反撃した。6回裏、無死一、二塁で8番打者がバントを失敗したが（三振）、気落ちせず、次打者の初球で二塁ランナー山本佳輝（3年）が三盗を決めた。これが5点目につながった。至学館は試合を通じて5盗塁をマークし、相手キャッチャーの中村雄太朗（3年）を「完璧に盗まれていた。ウエストしたのに盗塁を刺せなかった」と脱帽させた。

惜しむらくは、投手陣が「らしさ」を発揮できなかったことか。リリーフの小曽根圭吾（3年）は状態が万全でなく、四死球で出した走者を愛工大名電の3番・佐藤大将（3年）に中越えスリーベースで還された。3番手の岩田遼（3年）も、回をまたいで3者連続の四死球を出すなど、苦しみながらの投球で腕が振れていなかった。昨夏決勝戦では修羅場を切り抜けた2人だけに、もっと腕を振ってもよかった。ただ、山田航大（3年）も含め、ずっと至学館投手陣を引っ張ってきた3人の功績は、敗れてなお輝くところだ。

先発した吐前拓哉（2年）は好投し、4回途中まで1失点。「準備してあったんですよ」と指揮官がニヤリと笑う、意表を突いた起用だった。立ち上がりはフォークを多投し丁寧にまとめ、2回以降はストレートに力を込めた。来年に向けて明るい材料だ。

昨秋は愛工大名電・濱田を相手に2試合で2安打しか打てなかった至学館打線はこの日、10安打を放った。その多くが真芯でとらえたヒットだ。事あるごとに「それで名電に勝てるのか」と言い続けてきた麻王監督のゲキに、ナインはバットで応えた。
愛知県に新風を吹かせた去年から1年が経過。当時のメンバーが多く残り、この夏も優勝を狙える位置にあった。「積極的に攻めて、おもしろいゲームになりました。僕自身、今はすごく清々しい気持ちでいます」と、麻王監督は試合後に目を赤くしながら話した。

勝った愛工大名電は、エース濱田の調子が上がらない。打者を圧倒するストレートや絶妙なコントロールなど、これまで見られた「濱田らしさ」が消えていた。原因は、体の開きの早さ。フォームの始動で右足をセンター方向に入れるまではいいが、そこからの動作に「我慢」がない。力を溜めずに着地するだけだから、ボディアクションにいつもの勢いがなかった。これが好調時なら、着地した右足にドーンと体重が乗って、打者を呑み込んでいた。

ただ、開きの早さは濱田本人も自覚していた。「中盤以降、右手（グラブ側の手）でカベをつくって、開きを抑えようとしました」と修正、「力んでいる部分がありました」と自己分析した。女房役の中村から「投げる瞬間に腕を振れ」と指摘された9回裏には、この日最速の142キロもマーク。「まだまだ体力はある」と倉野光生監督もじっくり濱田を見守っていた。

「夏ですから、秋のゲームのように（濱田が）『被安打1』とか『ノーヒットノーラン』は無理。（チームとして）相手よりも1点多く上回っていればいいのかなと思います」と倉野監督が言えば、濱田も「勝てているからいい」「打たれたのはしょうがない。1点差でもチームが勝てば」と繰り返した。この日、エースの「らしさ」は影を潜めたが、勝負所でこそ落ち着いて、ビハインドでもオタオタしない「名電らしさ」は健在。佐藤、松岡大介（3年）、濱田の長打で一挙5点を奪った5回表などは、名門の地力と貫禄を感じさせた。

(文＝尾関雄一朗)