天理vs郡山
新たな足跡
「負けたことよりも、この3年生たちの野球ができないのが残念です」
奈良郡山・西岡嘉定監督は言葉を詰まらせた。
就任して3年目の夏を迎える西岡監督にとって、今年は特別な想いで大会を迎えていた。
長きにわたり、同校の監督を率いた森本達幸氏が同職を勇退したのが2009年の夏。そのあとから、伝統ある奈良郡山を率いてきた。
しかし、名誉ある監督職とは裏腹に、これまでは苦しい年が続いていた。特に夏の大会の成績が芳しくなく、過去2年は初戦敗退。西岡監督にとって夏の大会は苦い思い出しかないのである。
その西岡監督が1年時から監督として指導してきたのが、今年の選手だった。
「初めて監督として3年間見てきた子たちですし、甲子園に連れて行ってやりたいという想いは強かった」と話している。
選手とて同じだった。
米原健太郎主将は、指揮官への想いをこう口にしている。
「西岡監督に1勝をプレゼントするという気持ちで大会に入りました。監督は毎日、練習に付き合ってくださいました。監督の気持ちをくんで、これまでの勝てなかった分を僕たちの代で晴らそうと思ってやってきました」
1回戦で大宇陀に11対1でコールド勝ち。
一つ目の目標を果たすと、奈良郡山の進撃は続いた。2回戦では2年前に初戦敗退した時の相手だった奈良北にリベンジ。10点を奪う圧勝で、ベスト8進出を果たしたのである。
この日の相手は天理。
いわずと知れた強豪であり、奈良郡山にとって、いつも行く手を阻む相手である。
しかし、西岡監督はこの試合に臨む前の姿勢をこう話している。
「天理は強豪ですし、春にも負けてますけど、とにかく、今日は相手を意識せず自分たちの野球をやろう。それだけでした。今日は自分たちの力を出し切ってくれたと思います」
試合は1回裏に、天理に先制を許すも、粘り強く守り抜いた。
先発の渡辺翔太が好調で変化球を低めに集めて凡打の山を気付いた。西岡監督は「5点勝負」とにらんでいたが想像以上の展開で「1点差で終盤を迎える」理想的な展開に持っていけた。7回裏には、一死二、三塁からライトフライで犠飛を浴びるも、離塁が速いとアピールし、認められた。いかにも、奈良郡山らしい頭脳プレーで追加点のピンチを阻んでいた。
一方、攻撃面の方は、相手の先発・山本竜也を研究。安打は2本だったものに、もらってチャンスで攻撃の形を作れていた。米原主将はその要因を振りかえる。
「天理の投手に関してはしっかり研究してきました。盗塁も、研究通りに決められましたし、ヒット数は少なかったですけど、攻められていたと思います」
だが、あと一本が出なかった。最後のところで、山本、あるいは、7回途中から好救援を見せた中谷佳太に抑えられてしまった。
結局、8回裏に、2点を追加され、万事休す。試合はそのまま終わった。
とはいえ、昨秋は1回戦敗退し、ここ数年元気のなかった奈良郡山がこの夏2勝を挙げたことは今後につながる大きな大会になっただろう。投手陣の粘り。無失策で乗り切った守備陣、相手を研究して仕掛けた攻撃面。反撃を目指して一体感のあったベンチの雰囲気など、奈良郡山らしさはいくつも見られた。
先発して好投した渡辺は、「夏はずっと勝てなくて、その中で、昨秋も1回戦で負けてしまって、何とかこの夏は勝ちたいとチーム一丸となってやってきました。今日は、バックを信じて投げることができました。チームプレーで一丸と戦うことができたと思う」と語った。
奈良郡山の進撃はここで終わったが、西岡監督と現チームは3年の雌伏の時を超え、新たな足跡を残した。
(文=氏原英明)