関商工vs市立岐阜商

逸機

昨夏の優勝校・関商工と、昨秋に県大会を制した市立岐阜商が準々決勝で顔を合わせた。試合は3投手の継投で1点リードを守った関商工が勝利し、ベスト4に進出。市立岐阜商の逸材・秋田千一郎（3年）は甲子園のマウンドに立つことなく、高校野球生活に幕をおろした。

負けたとはいえ、こういう場面で打席が回ってくるというのが、秋田の逸材たる証だ。しびれる場面だった。市立岐阜商が1点ビハインドで迎えた終盤戦。7回裏に一死満塁、さらに9回裏にも二死満塁で4番の秋田に打席が回った。投手としてのみならず、打者としても県トップ級の秋田。そのバットに、球場中の視線が集まった。野球の神様が、秋田にほほえみかけたようにも見えた。

しかし――。両打席で秋田は凡退した。7回裏の場面では初球のスローカーブを引っ掛け、力ないゴロで「4－6－3」のダブルプレーに。最終回も初球を振りにいったが、芯をはずした打球は平凡なフライとなり、レフトのグラブに収まった。最後の打者になった秋田は「負けたという感じはしなかった。でも関商工が整列しているのを見たら（泣いてしまった）」とうなだれた。

秋田は試合後の囲み取材でも涙が止まらなかった。「（1年時から）全部自分が投げていながら、（チームを）甲子園に連れて行けず申し訳ない」。父・秋田和哉監督が指揮をとる市立岐阜商に幼少時から憧れ、迷わず入学。高校3年間で一度は父と甲子園に行くと決めていた。周囲の期待も高く、「監督の息子」という話題性もあり、常に注目を集めた。投球フォームに悩み試行錯誤を重ねた時期もあったが、最後の夏は「球はいっていた（走っていた）」（秋田）。だが、チームを甲子園に導くことはできなかった。

監督の息子で逸材。そんな選手がいればチームから浮くケースもありそうなものだが、1年時から彼を取材してきた中で、そういう印象は少しもなかった。「千一郎のチーム」ではあるが、決してワンマンではない。むしろ「千一郎と甲子園にいく」と一緒に市立岐阜商に進んだメンバーも多く、秋田本人のまじめな性格もあって、メンバーも秋田を盛り立てた。9回裏の打席で秋田は、チームメイトから「もしお前で終わったとしても悔いはない」と言われ一層気合が入ったという。「いい仲間でした。もうちょっとこのメンバーで野球がやりたかった」。秋田の涙が最もあふれ出たのは、この言葉を発するときだった。

敗れた市立岐阜商は、1番井尾優太（3年）が4打数4安打と活躍し、3回裏には2番堂本賢慎（3年）の犠牲フライでホームを踏んだ。井尾は打撃が冴えて、振ればヒットになっていた。9回裏には、先頭打者として代打で打席に入った桑原羽耶人（3年）がヒットで出塁。まさに根性の一打だった。

勝った関商工は、3投手が踏ん張った。先発の亀山秀平（3年）は、初回から一球一球にかなりの精神的エネルギーを注いでいるように見えた。ストレートはこの日最速133キロだったが、ボールは打者の手元で伸びを増していた。2番手の小野木遊歩（3年）、3番手の長野航汰（2年）も相手打線に追加点を許さず、逃げ切った。

驚いたのは1点リードの7回裏、関商工が好投の亀山からパッと小野木へスイッチしたことだ。継投が今年の関商工スタイルであるとはいえ、それまで亀山は抑えていただけに、リスクが伴う交代にもみえた。「市立岐阜商サイドは、交代を喜んでいるんじゃないか」という声が観客席からも聞かれた。

だが、関商工ナインは落ち着いていた。小野木は代わりばなに3者の出塁を許したが、相手の4番秋田をスローカーブで打ち取った。「練習試合から3人で試合をつくってきたし、スローカーブは（練習試合で）つかまりかけると、いつも使っていたボール。なにより、捕手の東（駿也・3年）を信頼して投げれば大丈夫」と、小野木は爽やかに振り返った。普段の練習試合で鍛錬を重ね、心も体も準備ができた状態だったのだ。これは9回裏、一死満塁でリリーフした長野にもあてはまることだろう。

9回裏の大ピンチでも、関商工ベンチに慌てた様子が一切なかった。筆者は関商工ベンチ横のカメラマン席にいたが、開き直りとも空元気（からげんき）とも違う、不思議な空気が感じられた。「監督から『腹をくくってやれ』と言われている。それをテーマにしている」と東が話せば、「今は子どもたちの魂の入れ方がすごい」と北川英治監督は試合後、ナインを称えた。

打線は3回表に長田龍也（3年）のタイムリーで先制すると、5回表に和田将哉（3年）がカウント2－2からスクイズを決めた。安打こそ3本だが、狙い球を絞る中で相手投手から計5つの四死球をもぎ取り、「常にランナーはいるなぁという感じ」（北川監督）だった。そして、取れるときに点を取るソツの無さはさすが。緻密な北川野球が、この先も威力を発揮しそうだ

(文＝尾関雄一朗)