試合レポート

盛岡大附vs花巻東

2012.07.26

日本一を目指した夏は…

「感謝の気持ちがあるなら、言葉で言うだけではダメだ。結果を出せ」
冬の間から、花巻東・佐々木洋監督は大谷翔平にずっとそう言い続けてきた。昨夏の岩手大会前に左足を故障。準決勝以降は外野手としての出場だった。夏の甲子園では登板したものの、5回3分の2を6安打5四死球と本来の姿とはかけ離れた投球に終わった。

左足の故障は、成長軟骨が折れる骨端線損傷。治療法はなく、完治するためには休養するしかない。秋の岩手大会は代打で出場しただけで、東北大会でも外野手で出場しただけ。登板することはできなかった。「チームメイトのおかげで甲子園のマウンドに立たせてもらえる」と臨んだセンバツでは、大阪桐蔭に11四死球を与える乱調で9失点。夏こそは結果を出すことを目標に取り組んできた。

冬の間、大谷は精神的に苦しんできた。
故障回復のためには、睡眠時間を確保することがもっとも効果的。そのため、レギュラー組中心の学校そばにある第一寮から、自転車で5分程度離れた第二寮に移った。3年生が多い第一寮では、洗濯の順番待ちや、同級生と話す時間などで、どうしても就寝時間が遅くなる。下級生中心の第二寮に移ることで、雑用を早く済ませ、チームメイトとダラダラ過ごす時間を削って、睡眠時間を多く取ることに努めた。

佐々木監督から他の選手たちに「大谷を特別扱いするわけではない。チームが勝つためには大谷の力が必要。そのために、こういう方法を取るよ」と説明があったが、やはり高校生。自分のための特別処置を気にしないわけにはいかなかった。足の故障のため、冬場は多くなるランニングメニューをまったくできないこともあり、チームメイトが歯を食いしばる姿を見守ることしかできない。野球人生でこれだけ投げられない期間が続いたこともない。笑顔を見せ、気にしないようには見せていたが、大谷はこうこぼしていた。
「野球でこれだけ我慢したことは初めてです。元のように投げれるか不安です」

センバツ後にようやく故障も治り、万全の調整で迎えた初めての夏。準決勝では高校生史上初となる160キロをマークし、最後の最後に感謝の気持ちを結果で表す状態にまでもってきた。
「160キロを出すことと、日本一になることが監督さんとの目標」。何度もそう口にして、自分を奮い立たせてきた。


 そして、迎えた決勝。岩手でプロ野球のオールスターが行われた関係で中6日となった変則日程のおかげで、疲労もなく試合に入った。初回はいきなり初球から151キロを投げ込み、スタンドをどよめかせると、10球で三者凡退。絶好のスタートをきった。

ところが、2回。一死一塁でショートゴロを打たせるも、併殺を焦ったセカンドがショートからの送球を落球。これでリズムを崩した。7番の小船友大にエンドランを決められると、8番の千葉俊にはレフト前に運ばれ、先制点を許した。

3回には、先頭の1番・千田新平に内野安打を許すと、2番・望月直也にはバスターエンドランを決められ一、二塁。一死を取るが、その後に悪夢が待っていた。
カウント1ボールからの2球目。148キロのストレートが高めに浮いた。ストレート狙いの四番・二橋大地のバットは一閃。打球は両翼91・5メートルと狭い[stadium]岩手県営球場[/stadium]のポール際に飛ぶ。

フェアかファウルか――。

打球はレフトポールの左側を通過したように見えたが、三塁塁審は頭上で大きく手を回した。本塁打の判定。佐々木監督は球審に何度も伝令を送るが、判定は覆らず、3ラン本塁打で点差を4に広げられた。5回裏に味方が1点を返してくれたが、6回には2本の二塁打を浴びて失点。結果的に毎回の15三振を奪ったが、最後まで流れを引き寄せることはできなかった。
「(本塁打は)まだ回が浅かったので、逆転を信じて投げるしかないと思いました。(ポールを)巻いた、巻かないよりも、あそこに投げてしまった自分のせいです。きわどい判定になりましたけど、高くいった球を見逃さなかった二橋君の実力が上でした」
大谷はそう言っていさぎよく負けを認めた。


「大谷を打たなければ甲子園はない」を合言葉に、光星学院・金澤成奉総監督指導のもと、打撃を劇的に改造して挑んできた盛岡大附打線は見事。関口清治監督の「ひざから上の高さは全部振れ。ストレートは空振りはない。思い切って振れ」という指示通り、3回までに6安打。三振を奪われても振り続け、3本の長打を含む9安打を放った。間違いなく、全国でも通用する打線だ。

岩手から日本一を目指した大谷の挑戦。故障に泣かされ、我慢を強いられた3年間の挑戦は、運にも見放されて終わりを迎えた。
「160キロよりも、日本一を目標にやってきました。監督さんを信じて3年間やってきて、最後、日本一に挑戦もできずに終わってしまうのは申し訳ないです。日本一になって、岩手の方々に喜んでもらいたかった。それができなかったのが悔しい」

 結果を出す――。

それだけにこだわってやってきた夏。最後まで結果を出せずに終わった夏。
「甲子園は一回も勝てていない悔しい場所であり、力が足りないと感じさせられた場所でした。成長した姿で臨みたかったです……」

松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大……。スターといわれる投手たちは、甲子園で結果を出してプロ野球の世界でもトップに上り詰めた。同等の能力を秘めながら、結果を出せずに終わってしまった大谷。“悲運のヒーロー”の称号は、彼にふさわしくない。この日の敗戦が大谷の今後に影響しないことだけを祈りたい。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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