鹿児島実vs川内
背番号10の潔さ
鹿児島実・宮下正一監督が延長サヨナラで勝利した直後、ベンチ裏で大きな溜息をついた。
「相手の中囿剛くんは素晴らしかった。投球内容に感心しました」
準決勝の鹿児島実戦で先発した鹿児島川内・中囿は168cm、78kg。背番号10の小型右腕。最速はおそらく120キロ台中盤に達するかどうか。やや高い位置でのアンダースローという変則で、いわば強打を誇る打線がもっとも苦戦するといわれる変則タイプの投手だ。
中囿は4回、先頭の3番・福永泰志に右線への痛烈な二塁打を浴びると、無死一三塁から5番・徳永翔斗に右前へ運ばれ先制を許す。
しかし、ここからの投球が粘り強かった。延長12回を投げ抜き、11安打を浴びた。四死球も7を数え、奪三振はわずかに2。6回以降は毎回のように走者を出し、勝ち越し、サヨナラのピンチを何度も迎えたが、真っ向から勝負を挑む姿勢は最後まで衰えることはなかった。
「スライダー、チェンジアップがキレていたので、うまくタイミングをずらすことができていたのだと思います」
と中囿が言うとおり、変化球とナチュラルにシュート回転していく直球に手こずった鹿児島実打線が、なかなか決定打を奪えないのである。
延長12回は握力とともに制球力を失った。二死満塁からのサヨナラ押し出しで、文字通り“力尽きた”という状態で3年間の高校野球生活を終えた。
しかし、最後の場面で押し出しの四球を選んだ澤邊太郎の証言は、まるで敗者の弁である。
「技巧派やアンダースローに苦しむのは分かっていました。ウチは1点差ゲームで我慢するしかなかったんです」
試合後の中囿に涙はなかった。毅然として表情で、こんなことを言っている。
「バックを信用しているから集中して投げることができました。後悔はありません」
準々決勝では樟南を相手に完投勝利を飾っている。もしこの準決勝の鹿児島実戦で完投勝利を記録していたなら、同一大会で樟南、鹿実の両雄を立て続けに破る快挙を達成していたことになる。鹿児島県球界においては、これ以上の金字塔は考えられないことかもしれない。
147球。歴史的快挙を目前に散った背番号10の粘投が、西陽の差し込む鴨池のグラウンドに強烈な余韻を残した。
(文=加来 慶祐)
「良い試合」じゃ意味がない
「夏はどんな内容でも勝つことにこだわる」
鹿児島川内・佐々木貞明監督は今大会そう言い続けた。
どんなに良い試合をしても、負けてしまえば夏は終わり。内容が悪くても勝てば次につながる。それが地方の県立校である鹿児島川内が甲子園を勝ち取る道と信じて、今大会は勝ち進んできた。
延長12回、強豪・鹿児島実を相手に1点差でサヨナラ負け…
人は「良い試合だった」と言ってくれるかもしれないが「どんなに良い試合でも負けは負け。それだけです」と佐々木監督は言外に悔しさをにじませた。
鹿児島川内が「勝ち続ける」ことにこだわったからこそ、「良い試合」になったのは間違いない。先発の右下手・中囿剛は「打たせて取る」投球のお手本を披露した。
ボールを低めに集め、スライダーを中心とした変化球でバットの芯を外した。9回まで1イニングに要した球数は平均12.5球と効率よく抑えた。
6回以降は毎回ピンチの連続だったが「強気で攻める」(中囿)投球は最後までぶれなかった。8回には先頭打者を出しながら、バント処理を好フィールディングで二塁封殺。次打者を併殺と最高の切り抜け方をしている。
10回には二死二、三塁でタイムリーを打っている5番・徳永を敬遠せず、勝負にいってレフトフライに打ち取っている。
「ボールに気持ちを込めて、最後まで強気で行きましょう」
12回二死満塁。2ボールとなって1年生キャッチャー・中嶋優希がマウンドにやってきて励ました。2ストライクまでは追い込めたが、ファウルで粘られフルカウントに。この試合投じた169球目のスライダーは力なく低めに外れ、鹿児島川内の夏は終わった。
「勝たなきゃ、夏は意味がないんです」
中囿が見つめる視線の先には、もう2度と上がることができない高校野球のマウンドがあった。
(文=政純一郎)