福井県立春江工業高等学校(福井)
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この春、第85回記念選抜高校野球大会に初出場を決めた福井県立春江工業。昨秋の北信越大会で初優勝、神宮大会でも初戦で浦和学院に8対6で競り勝つ(2012年11月12日)など、大きな注目を集めた。
チームを率いるのは、就任4年目となる川村忠義監督。01年までは中学校教諭を務め、00年夏には南越中学校を中日本野球選手権大会優勝に導いた。02年に高校教諭となり羽水高校に6年間着任。硬式野球部はその間、北信越大会に3度出場を果たした。
08年から現在の春江工に赴任し、同年夏から監督となるも、この4年間、夏の福井大会では2回戦を突破することさえ出来なかった。
優勝したいんじゃなくて、この試合に勝ちたい
それでも、力がなかったわけではない。昨春は県大会2回戦で福井商を破り、準々決勝まで進んでいるのだ。
福井商といえば、川村監督の母校でもあるのだが、春江工にとって不思議と対戦確率が高い相手でもある。10年には春、夏、秋すべての公式戦で、さらに翌秋にも対戦したが、4敗を喫している。だからこそ、当時の3年生たちにとっても、どうしても勝ちたい相手だった。
「福井商との試合、お前たちの力をすべて出し切るような、楽しみ方をしよう」試合前に川村監督は選手たちにそう伝えた。
その言葉通り、彼らは10対9で福井商についに勝利した。しかし、翌日の準々決勝では1対8のコールドで敗退。それでも、 川村監督は、「それでいいのや」と選手たちに声を掛けた。前日の接戦の疲れから、全く体が動かなかった選手たちが、この敗戦で何を学んだのか。
「力を出し切った試合のほうが学ぶことは大きい。でっかい花火あげたら、2発目もあがるわけがない。僕らは、優勝したいんじゃなくて、その日を勝ちたいと思ってる。負けたくないから、その日持ってるベストの力で勝てたらいい。それだけなんです」
▲春江工業 川村忠義監督
昨年の秋もそうだった。なぜ北信越大会で優勝できたのか?その理由を報道陣から何度も尋ねられた。
「本当に、勝った理由が分からないんです。それでも理由をつけてくれと言われたら、先のことは考えない。欲を出さない。今を楽しもうという状況にチームがなっているからだと思います」
今日を楽しもう、ゲームを楽しもう。負けてもゲームが楽しめたらいい。その悔しさが精いっぱいの悔しさならいい。
川村監督は、そう選手たちに伝え続けてきた。
昨夏の福井大会、初戦で負けた5日後。川村監督は自身のノートにこう記している。
「目標は甲子園ではなく」――
甲子園出場という目標は、やめた。
そして、川村監督は、この時から練習内容を大幅に変えていったのだ。
[page_break:目標=甲子園はやめました]目標=甲子園はやめました。
夏の大会で勝つことが出来ず、悩んでいた時期もあった。
しかし、川村監督は目標を手放したことで、本当に大切なものが見えてきた。
その瞬間、ふと気付いたことがあったという。
「練習が終わったあとに自主練習をやっている選手たちの顔が、すごくいい顔して取り組んでいるんですよね。自主練習をしている時が一番笑顔があった。笑顔は人を成長させてくれるんです。僕自身、大学まで厳しい環境で野球をやってきましたが、それでもこの自主練習の時間で上達することが出来たなと思い出しました。それなら、選手たちが好きな練習をストレスなく存分にやるために、練習の最初に持ってきたらいいじゃないかと考えたんです」
▲2012年明治神宮大会 坪田-栗原バッテリー
その日から、春江工の練習メニューは、まず自由練習から始まるようになった。
目的はもう一つあった。中学校で指導していた時に比べ、選手たちと本音で会話をする時間が少なくなっていた。何を考えているのか分からない“怖い監督”のままでは、選手たちが心を開くはずもない。そして、そんな状態でチームの方針を何度伝えても、浸透するのに時間がかかる。
川村監督は、この自由練習の時間を、練習場所をぐるぐると回り、選手と本音で喋ることに徹した。毎日、選手が考えていることを聞き、また自分の気持ちも隠さずに伝えていく。そんな指揮官の開いた心を、選手たちは敏感に感じ取っていた。
目標は甲子園ではなく。
甲子園のことは考えるな。優勝したいんじゃなくて、その日を勝ちたい。今日を楽しみたい。そんな野球をずっとやりたかったという川村監督の思いは、気付けば選手たちの心の軸となっていた。その結果が秋の勝ち上がりだ。
県大会で準優勝。北信越大会では、1回戦から準決勝までの3試合すべて逆転勝ち。
「ベンチに諦めの雰囲気はありませんでした。チャンスは必ずくる。だから試合を楽しもう。俺たちなら出来る、みんながそう信じてました」とキャプテンの大崎省二が振り返る。
北信越の決勝戦では、県大会決勝で2対15と大敗した敦賀気比に2対1で勝利。初出場で見事初優勝を遂げた。県大会の登板からさらに成長したエースの坪田和大は、
「インコースに投げて抑えるイメージを持って投げることが出来ました。自分たちの力を120%出し切れた」と語る。
▲秋季北信越大会 春江工業ナイン
今、その瞬間に120%の力を出し切ることの連続が、結果として勝利につながったという春江工。秋の大会後、センバツや夏への意気込みを聞いても、彼らの答えは変わらなかった。そこに、甲子園や優勝の言葉は出てこない。しかし、この日の練習でも自由練習と全体練習を終えた19時を過ぎると、再び、ボールを打ち込む音が聞こえてくる。
もちろん、これは“自主練習”だ。しかし、その真剣な雰囲気に圧倒される。まるで、試合で勝負が決まる場面の打席に立っているかのような張りつめた空気の中で、ひたすらバットを振り込む選手たちの姿がそこにはあった。
「今日一日、すごく良かった。そんな一日を過ごしたいんです」
キャプテン・大崎省二の言葉がよみがえる。
川村監督も言っていた。
「僕たちに欲はないけど、やってきた過程にドラマがなければ面白くないと思うんです。大人になって、久しぶりにみんなで集まった時に語れるような。今日、面白くなかったら一日を損した感じになるんですよね。仕事もそうですけど、『手を抜くな』というのは、いつも伝えています。今日一日が良かったっていうのは、自己満足の世界かもしれないけど、今を楽しむことができたら、それが一番の成長につながるんじゃないかと僕は思っています」
そう言って、ガハハと笑う川村監督もまた、選手に負けないほど、今を楽しんでいるのだ。
【チーム紹介】センバツでみせる春江工業の野球
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この春、初めての選抜大会に出場する春江工が、戦術面で徹底していることが『犠打』だ。
「僕らの野球は戦略的にはすごくつまらないと思います。徹底して、“犠打”ですから。それは力のないチームが勝ち上がる秘訣でもあるんですけど、選手たちは“送って決める”ことを面白いと思っているんです。ようは、どれだけランナーを送れるかを楽しみたい。野球ってそこから色んな方向性がみえてきますから」(川村監督)
秋の大会、これまで10試合で53犠打飛を決めてきた春江工が、神宮大会準決勝の関西戦では、僅か3犠打飛。2対10で敗れた。チームで徹底してきた野球が出せないまま終わったゲームとなった。
▲バッティング練習