明秀学園日立高等学校(茨城)【前編】
打撃指導に定評のある金沢 成奉監督が走塁を重視したきっかけ
昨秋、茨城県大会を2位で通過し、関東大会出場を果たした明秀日立高。原動力の1つになったのが「走塁力」だった。指導しているのは金沢 成奉監督。光星学院高(現八戸学院光星高)の監督として、春夏合わせて甲子園に8度出場し、00年夏にはベスト4に導いた名将だ。09年に総監督になってからも、11年夏から12年夏にかけての甲子園3季連続準優勝(史上初)に大きく寄与した。特に巨人の坂本勇人(2013年インタビュー)らを育てた打撃指導の評価は高い。
2012年9月より明秀日立高で指揮を執る金沢監督に、走塁に力を入れ始めたきっかけ、それによるメリット、さらにはどんな練習をしているかなど、じっくりお聞かせいただきました。
金沢監督が編み出した光星学院の打撃練習法に迫ったコラムはこちらより!
光星学院 強打の秘密/田村・北條を生み出した練習法(1)
光星学院 強打の秘密/田村・北條を生み出した練習法(2)
光星学院 強打の秘密/田村・北條を生み出した練習法(3)
健大高崎高の走塁に衝撃を受ける
金沢 成奉監督(明秀学園日立高等学校)
金沢 成奉監督が走塁に力を入れるきっかけになったのは、健大高崎高との初めての練習試合だった。健大高崎高の青柳 博文監督は、金沢監督の東北福祉大時代の後輩で、金沢監督が同大でコーチだった時の教え子にあたる。その縁で実現した練習試合だったが、金沢監督は大きな衝撃を受けたという。
「なぜアウトにできないのか?なぜ相手の走塁を意識してしまうのか?健大高崎高の積極的な走塁にも驚かされましたが、それよりむしろ、走塁によって守りが崩されてしまったことがショックでしたね」
時は2012年11月。金沢監督が明秀日立高の新しい指揮官になって3ヶ月目だった。この練習試合を境に走塁強化が始まる。ただ本腰を入れたのは昨夏の茨城大会が終わって、現チームになってから。引き金になったのは、その夏の甲子園大会で大阪桐蔭高の西谷 浩一監督が健大高崎高との試合(試合レポート)後に発したコメントだった。
「甲子園を春夏合わせて四度制したあの西谷監督が『全国でトップレベルの練習をしてきた自負があるのに崩されて悔しい』と言ってたんです。それを聞いて、健大高崎高のような走れるチームを作れば、全国でも戦えると思ったんです」
とはいえ、金沢監督は健大高崎高のスタイルをそのまま真似しようとは考えていなかった。もともと金沢監督は打撃指導には定評がある。光星学院高の監督として巨人の坂本 勇人らを、総監督として阪神の北條 史也らを育てた実績も持っている。「プラスアルファの部分で健大高崎高さんの走塁を取り入れようと思いました」
実は金沢監督は、光星学院高の監督時代も走塁に注力していた時期があった。
「でも果敢に走ると、どうしてもアウトになる可能性が高くなります。それにけん制死や盗塁失敗はチームの勢いに水を差してしまう。その時は私自身がこれに我慢ができなかったのです」
監督がアウトを恐れていては、選手に走塁の積極性を植え付けることはできない。本腰を入れた走塁指導は、まず選手に、とにかく先の塁を狙わせることからスタートした。その結果アウトになっても、決して選手を叱らなかった。光星学院高時代の経験を教訓に「失敗しても成長過程ととらえ、グッとこらえました」。すると選手が少しずつ自らの意思で走るようになったという。
選手の走る意欲を高めるため、金沢監督は数字的な裏付けも強調している。
「平均的な高校生投手のクイックは1.2秒くらい。捕手の二塁送球のアベレージは2.0秒くらいでしょうか。ですから塁間を3.2から3.4秒で走れるなら、論理的にも二盗はいけるんだよと。そういう話はよくしています」
もっともレベルが高いバッテリーになると、論理的にも成功するのは難しい。
「それでも真っ直ぐの時は難しいが、チェンジアップならチャンスはあるので、この時を狙います。相手バッテリーに悟られて真っ直ぐ主体になったら、あえてリスクは背負わず、ランエンドヒットに切り替えたりしています」
金沢監督によると「タイム的には二盗ができるのに、走らない選手もいる」という。
「走れるはずなのに走らない。そういう選手は使いません。反対にたとえ脚力はなくても走る意欲があるなら、私はその選手を買いますね」
なぜそうなのかと論理的に細かく指導
バランスを保ちスピードを殺さず走る練習「サークルダッシュ」(明秀学園日立高等学校)
1つでも先の塁を狙うため、一塁での第1リードは最大限に取るようにした。距離にして4.5メートル。大きなリードになるが「帰塁に重きを置いた“片側リード”では、レベルが高いバッテリーは見破る」と金沢監督。そこで明秀日立高では「あくまで二塁を奪うことを目的にリードしている」という。そして「アウトになりそうでならないけん制を数多くもらうことで、投手の打者への集中力もそいでいきます」
明秀日立高ではこの一塁での第1リードも細かく指導している。1歩目は後ろ足クロスで。これなら前足の拇指球でターンできるので、リードの1歩目で不意を突かれた際に、素早く頭から帰塁できるのだ。また第1リードの位置はベースの延長線上ではなく、50~60センチ後ろとしている。金沢監督は「この位置だと頭から戻る時に回り込め、一塁手のタッチをかいくぐれるのと、ベースの(二塁寄りの)角にタッチしやすいのです」と説明してくれた。
加えて、サイドステップでリードを広げる時は、“飛び跳ねて両足を浮かさない”というのも、明秀日立高の“取り決め”だ。こうしたことは金沢監督がしたためた「走塁マニュアル」に記載されており、野球部の門を叩いた1年生はこれを読んで「明秀日立高の走塁」を学ぶ。
「走塁について、なぜそうなのかと、伝えられるようになったのは、明秀日立高で走塁に注力するようになってからです。それまでは私の意識も低かったので、漠然とやらせていましたね。今は、たとえばスライディングはベースに近ければ近い方がいいのですが、これも3、4メートル前からだとスピードが落ち、かつヒザで滑らないと摩擦が起きるからと、理由を明確に教えています」
走塁練習は昨夏の旧チームまでは週に数回だったが、現チームでは基本的に毎日行っている。打撃練習の時に一塁走者になって、離塁と帰塁の練習を行うなど、メニューはいろいろ。アップの時には、直径4メートルの円を描き、その外周を走る「サークルダッシュ」を盛り込んでいる。
「たとえば一塁から三塁を狙う際は、膨らんで走るので体が傾きますよね。『サークルダッシュ』をすることで、バランスを保ってスピードを殺さないで走れるようにしているのです」
前編では打撃指導に定評のある金沢監督が走塁を重視するきっかけを中心に話を進めてきました。後編では、走塁を強化したからこそ見えてきたもの。高レベルの走塁を維持するために大事なことを教えて頂きました。
(取材/文・上原 伸一)