逆境の中から生まれた充実感。若き指揮官・須江航監督が目指す仙台育英の在り方
昨年12月、元部員らによる飲酒、喫煙行為が発覚した仙台育英。半年間の対外試合禁止処分が発表され、その責任を取る形で前監督の佐々木順一朗氏が辞任。名門・仙台育英はもう一度、チームの在り方を見直した。
そして仙台育英は半年間の処分を乗り越え、第100回選手権記念宮城大会で優勝。2年連続となった甲子園では、初戦となった2回戦で浦和学院に敗れたものの、ブランクを微塵も感じさせない、冷静で溌剌(はつらつ)としたプレーを披露した。
今回は佐々木前監督の後を引き継ぎ、今年1月に監督に就任した須江航監督にお話を伺った。須江監督は2001年、センバツ優勝時のグラウンドマネージャーだった。そして系列の秀光中軟式野球を名門に育て上げている。須江監督には対外試合禁止中のチームの雰囲気や甲子園出場を果たした要因、また新チームの現状や今後、目指す野球の方向性についても語っていただいた。
出来ない事を出来るようしてから進み、チームに生まれた充実感
須江航監督
「仙台育英高校野球部で飲酒と喫煙があった、それは事実の通りです。
ですが、みんなが横に逸れないでやろうと思ってやっていたにも関わらず、それを裏切った人間がいたわけです。そんな中でも、選手たちは本当に前向きにによくやったと思います」
須江監督は、就任してからの日々を思い返すように語り、選手たちを称えた。
「非常に不謹慎な言い方をすれば、充実していました。3年生に聞いてもらえる機会があれば、誰に聞いても多分同じ答えだと思います」
「充実していた」
意外にも思える言葉であるが、この「充実」という言葉にこそ半年間のブランクがありながらも、夏の宮城大会を制すことができた要因が見えてくる。
半年間の取り組みについて、まず須江監督が挙げたのが「出来ない事を一つ一つ出来るようにしていった」ということだ。野球の技術面から生活面まで、どんな些細なことでもことでも、一つ一つを100点にしてから次へ進むことを徹底したと須江監督は語る。
「これまでは出来ていないままでも先に進んだり、50点でも次の所に移ったりしていました。(出来てから前に進むことは)一見効率の悪いことに見えますが、『分かること』と『出来ること』と『いつでも出来ること』は違うということを常に教え続けてきました」
出来てから進むので歩みは遅い。だが、そこには達成感や充実感、満足感があるため、チームに疾走感が生まれ、前に進んでいる気がする、自分たちが変わっている気がする、上手くなっている気がする。
こうした須江監督の取り組みを、3年生が中心となり素直に受け入れ、団結して実践していった。これこそが、夏の勝利に繋がった結論であると須江監督は強く語った。
[page_break『地域の皆さんと感動を分かち合う』ことを掲げ、日本一に招かれることを目指す]『地域の皆さんと感動を分かち合う』ことを掲げ、日本一に招かれることを目指す
2017年夏の甲子園で大阪桐蔭にサヨナラ勝ちを収めた仙台育英(共同通信)
対外試合禁止となった半年間で、須江監督が行った取り組みはこれだけではない。1月に野球部としての活動理念を掲げ、チームとしての向上、人間としての成長を図ろうと考えた。
「学業をしっかりやろうとか、野球の本質を追求しようとか、内容は色々ありますが、最終的に求めてるのは『地域の皆さんと感動を分かち合う』ということを一番に掲げています」
須江監督は、日本一とは掴み取ったり奪い取ったりするものではなく、招かれるものだと思っていると話す。
技術を高めていくこと、心を成長させていくこと、日本一になるためには様々な条件が必要だが、すべてを満たした集団にのみ、日本一から招待されるものだと須江監督は信じている。
「その中で一つ大きな要素は、自分たちだけではなくて、ここ仙台や宮城県に住む皆さんと感動を分かち合えるような取り組みでなければいけないということです。不祥事もありましたが、改めて地域の誇りや憧れになる、そして僕らが勝ったことに対して喜んでくれる人を増やすような取り組みでないといけないと思っています」
これまで100年の間、東北地方には一度も優勝旗が渡っていない。
そういった中で須江監督は今一度、地域の誇りとなることを目指し、そしてそれが日本一に招かれることに繋がり、選手たちの人間としての成長にも繋がると考えているのだ。
この夏の野球に加えて、もっとスケールの大きい野球を目指す
全中準優勝を果たした秀光中等教育学校から伊藤樹(左)、笹倉世凪(右)の二枚看板が来年入学予定だ
そうした対外試合禁止期間の取り組みを、甲子園出場という形でしっかりと結果に残すことができ、文字通り苦労が報われた須江監督。だが、チームはまた新しく生まれ変わり、すでにその視線はさらに遠くを見据えている。
「目指すのはもっとスケールの大きな野球です。今の3年生が仙台育英に守備と走塁の文化をもたらしてくれました。
でも予選ではそれで勝ち上がることが出来たものを、甲子園では初戦で浦和学院さんという大型のチームに簡単に跳ね返されました。なのでこの夏までの野球に加えて、もっとスケールの大きい野球を作ろうということでスタートしてます」
須江監督は、8月からスタートした新チームにも手応えを感じている様子を見せる。
まず守備面では、大栄陽斗という旧チームのエースと同等の力を持ち、ある程度計算ができる投手が残り、攻撃面でも4番として夏の甲子園を経験した小濃塁という打者が残った。
新生・仙台育英は、この二人を中心によりスケールの大きな野球を目指し、その結果として秋季宮城県大会優勝という結果を残すことができた。
「完成形にはまだほど遠いですけど、それが今、第一歩としては実を結ぼうとしています。それが秋の宮城県大会で表れているので、何とかスケールの大きな野球を、精度を上げていきたいと思っています」
それでも、すべてが順調に進むわけではない。「秋の宮城県王者」として臨んだ秋季東北地区高等学校野球大会では、準々決勝で花巻東に6対5と競り負け選抜甲子園の出場は絶望的な状況となった。
須江監督率いる仙台育英は、今回の負けからは何を感じ取り、今度はどんな課題を掲げてるのだろうか。すべての課題を乗り越え、一回りも二回りもスケールアップした仙台育英を、甲子園の舞台で見ることを楽しみに待ちたい。
取材=栗崎 祐太朗