変革の1年となった2018年 春日部共栄【前編】
近年、埼玉を代表する名門校が全国でも活躍を見せている。2017年は花咲徳栄が甲子園優勝、2018年は浦和学院が甲子園ベスト8と強さを発揮しているが、埼玉の私学4強の一角を占めてきた春日部共栄が昨秋、復活劇を見せた。
昨夏は11年ぶりの初戦敗退。この屈辱を乗り越え、関東大会準優勝を果たした背景には何があったのか。その改革の中身に迫る。
対話重視の指導に転換
エースの村田賢一(春日部共栄)
2018年は春日部共栄にとって変革の1年となった。旧チームは、大型左腕・渡部 太陽、大型右腕・森田 幸樹、技巧派左腕・大木 喬也、エース・内藤 竜也と4枚看板を揃え、打線も夏にかけて順調に仕上がっていた。そしてベンチ入り20人はすべて3年生。ところが、ふたを開けると夏季大会は昌平を前に初戦敗退。なんと前チームは秋、春、夏と通して、県大会では1勝しかできずに終わった。
第100回目の夏の結果は春日部共栄に大きな衝撃を与えた。新チームのスタートにあたって、首脳陣は指導方針の転換を迫られた。
センバツでは監督として指揮を執る植竹幸一部長はこう語る。
「前チームは投手力もあり、打線も今年のチームよりも潜在能力があったと思います。選手たちは真面目で、練習もしっかりやる。ただ試合では真面目さが出てしまい、打てなかったらどうしよう、守れなかったらどうしようと考え過ぎていた。その結果、本来の力が発揮できず、結果を残せなかった。私たちに求められたのは、指導方針の転換でした」
3番打者を任されるの平尾柊翔(春日部共栄)
新チームのスローガン「強い共栄を取り戻す」を実現させるため、指導者は選手との対話を増やした。特に選手が主体的に意見することを求めたのだ。実際に新チームの練習を見ると、適度な緊張感の中でも選手たちはノビノビとプレーしている。サブグラウンドで行われる投内連携では、プレーが止まる度に選手自身が自らの動きやその意図について説明していた。
またコーチたちからは、ミスそのものを咎めるのではなく、選手同士で気付けなかったポイントの指摘に徹していた。なぜそのプレーができなかったのか。その原因追求を選手たちにゆだね、自分自身に解決させる意図が見てとれた。
植竹部長は選手たちの姿勢について「粘り強さが出た」と語る。
「大きな変化として、選手たちは指導者と会話できるようになりました。試合中も、ベンチで『どのように相手投手を攻略すればいいですか?』と積極的に聞いてくる姿勢が出てきました。これまではボール球を振ることも結構あったんですけど、次第にボール球を振ることが減り、狙い球に絞る姿勢が出てきました」
また、結果が出なかったときの切り替えもできるようになった。今までは「打てなかったらどうしよう?」と消極的になる面があったが、新チームでは「次、打つためにどうすればいいのか」と切り替えるようになった。さらには、正捕手の石崎聖太郎が「ベンチ内で配球の意図を話すようになり、エースの村田賢一との息も合ってきました」と語るように、コミュニケーションの増加は打撃のみならず、バッテリーのレベルアップをもたらした。
[page_break:取り組みを工夫し、粘り強い打撃で県大会制覇]取り組みを工夫し、粘り強い打撃で県大会制覇
ウォームアップ中の選手たち
植竹部長が「若いコーチが様々なアプローチをしながら選手を指導しました」と語るように、打撃練習にも工夫が施された。春日部共栄のフリー打撃を見ると、ゲージの後ろに選手が立ち、「5!7!10!」などと数字を発している。これは選手のホットポイント(長所)、デッドポイント(欠点)を理解するための練習法だ。数字は高さとコースを表し、1~5が高め、6~10が真ん中、11~15が低めに分けられる。コースは小さな数字ほど内角を示し、たとえば内角低めを打ったら11!と発する。
コーチ陣からミート力の高さを評価されている、主将・石崎聖太郎は「この練習をしてから打てるポイントが広がったと思います」と語る。また石崎によると従来の常識に囚われず、森友哉の打撃フォームを参考にした結果、ミート力と長打力が飛躍的にアップしたという。
チームトップの5本塁打を放った森飛翼
植竹部長は地区予選から関東大会までの進化をこう振り返る。
「秋季大会当初は、試合を重ねるにつれて選手個人がボールの見極めができるようになってきました。そして県大会、関東大会を勝ち進むうちに、チームとして接戦を勝ち抜く強さが出てきました」
植竹部長が象徴的な試合として挙げたのが、準決勝の浦和実業戦。試合は、延長12回まで進み、首脳陣はタイブレークも覚悟した。しかし最後は遊撃手・丸田輝の適時打でサヨナラ勝ち。関東大会出場を決めた。
グランド外での新たな取り組みとしては、昨秋から外部の栄養指導が加わり、多くの選手が体重増に成功。主将の石崎が「体重は5キロぐらい増えましたし、栄養指導が入ったことで体調を崩すことが急激に減りました」と語る通り、ベストコンディションを維持できたことも大会を勝ち進む要因となった。(後編に続く)
(文・河嶋 宗一)