野球の現場で起こる脳振盪
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こんにちは、アスレティックトレーナーの西村典子です。
夏の暑さが続く時期ですが、皆さん体調など崩さずに元気に過ごしていますか。猛烈な暑さは体に大きな負担となるため、熱中症対策を万全に、そして気温が高い時間帯はハードな練習を避ける等の工夫も必要となってきます。防ぐことのできるものは、しっかり防ぐようにしていきましょう。さて今回は野球の現場でもときどき見かける脳振盪(のうしんとう)についての話をしたいと思います。ラグビーやサッカーなど激しく体をぶつけ合うスポーツだけが脳振盪を起こすのではなく、野球でもさまざまな場面で脳振盪に遭遇することがあります。選手の皆さんや指導者、保護者の皆さんにもぜひ脳振盪についてより理解を深めてほしいと思います。
レッドフラッグに該当するものがあれば、すぐに救急車を要請しよう
脳振盪(のうしんとう)とは
脳振盪(のうしんとう)とは、頭頸部や顔面、体のどこかに加わった外力が、頭部に伝達されることによって生じる一過性の神経機能障害のことをいいます。頭を打ったときだけではなく、頭が激しく揺れるような衝撃が体に加わったときにも脳振盪を起こすことがあることをぜひ覚えておきましょう。野球で考えられる頭頸部の外傷、および脳振盪を引き起こすような場面をいくつか挙げてみます。
《モノとぶつかる》
・(守備時に)打球が頭部に当たる
・(バッティング時に)頭部や顔面などにデッドボールを受ける
・(走塁時に)野手からの送球が頭部に当たる
・(捕手)バッターが振ったバットが頭部に当たる
《人同士の接触》
・(守備時に)野手同士がボールを追っていてぶつかる
・(守備・走塁時に)クロスプレーなどで野手と走者がぶつかる
《フェンスや地面との接触》
・(守備時に)ボールを追っていてフェンスと激突する
・(守備・走塁時)ヘッドスライディングで地面にたたきつけられる
これ以外にも頭頸部や体に大きな衝撃が加わって、脳が「振られるような」ことがあると、脳振盪を起こすことがあります。
「脳振盪10の徴候」と「レッドフラッグ」
脳振盪は頭を大きく揺さぶられることによって脳内の神経線維がねじれたり、伸びたりして一時的に脳の機能が低下する状態です。ところが脳振盪は脳内で起こるため外見上はわかりにくく、見過ごされやすいために、対応を間違うと重篤な症状を引き起こすことがあります。頭を大きく揺さぶられるような場面に遭遇した場合、以下の徴候を確認しましょう。
《脳振盪10の徴候》
1)意識消失(一瞬でも)
2)倒れて動かない/立ち上がるのが遅い
3)ボーッとしている、うつろな表情
4)フラフラしている
5)動きが遅い/ぎこちない
6)受け答えが適切でない/遅い
7)人格の変化
8)混乱している
9)対戦相手がわからない
10)衝撃を受ける前/後のことが思い出せない
これらの徴候が見られるときは脳振盪を疑い、プレーを中止して当日の競技復帰は見送るようにします。また「レッドフラッグ」と呼ばれる症状(モノが二重に見える、嘔吐、けいれん発作、意識障害、頭頸部の激しい痛み、腕が動かせない等運動感覚の障害、攻撃的な態度など)が見られるときは、迷わず救急車を要請しましょう。脳振盪を疑う症状が現われているときにそのままプレーを続けると、脳浮腫(のうふしゅ:繰り返し外力が加わることよって脳が急激に腫れてしまう)や脳出血の一つである急性硬膜外血腫などさらに重篤な症状を引き起こし、生命そのものを脅かすものにもなりかねません。指導者や周囲の人が必ずプレーを止め、脳振盪10の徴候とレッドフラッグをチェックしましょう。
クロスプレーで大きな衝撃が体に加わると脳振盪を起こすことがある
脳振盪の徴候が見られたら
脳がダメージを受けたと疑われる場面を見かけたとき、周囲の人ができる対応について確認しておきましょう。
1)「脳振盪10の徴候」が一つでも見られたら選手をプレーから外す。受傷当日は競技復帰させないこと
2)「レッドフラッグ」をチェックする。一つでも当てはまるものがあれば、すみやかに救急車を要請
3)受傷直後の状態を確認し、自覚症状などとあわせて記録(メモ)を残しておく
4)脳神経外科を受診し、脳振盪になった時の状況やメモしておいたことなどを医師に伝えて診察を受ける
5)帰宅後の過ごし方や、「やってはいけないこと」を医師に確認し、安静に過ごす
レッドフラッグに該当しなくても脳振盪10の徴候が見られたり、脳振盪の疑いがある場合は必ず脳神経外科医の診察を受けるようにしましょう。
脳振盪は時間の経過とともに悪化することがあるためです。明らかな脳振盪の徴候が見られず、安静に過ごす場合でも、受傷後24時間は必ず誰かが付き添って様子を見るようにします。この間、普通に日常生活を送ることは問題ありませんが、湯船に入っての入浴(シャワーは可)、激しい運動、脳に負担のかかるゲームやパソコン、スマホでの動画視聴、勉強などは控えましょう。
脳振盪と診断された後の競技復帰については、少なくとも一週間は復帰に向けたプログラムを段階的に行っていく必要があります。医師や医師と連係したアスレティックトレーナーなどの専門家のもとで実施するようにしましょう。
野球では脳振盪の発生頻度はさほど多いものではありませんが、対応を間違えると重篤な症状を引き起こすこともあるため、選手や指導者、保護者の皆さんには脳振盪に対する正しい知識と対応を身につけてもらいたいと思います。
参考ページ)スポーツ関連脳振盪研究会
参考書籍)絶対に知っておきたい野球現場のファーストエイド/笠原政志著(ベースボール・マガジン社)
【野球の現場で起こる脳振盪】
●脳振盪とは、頭頸部や体に衝撃を受けた直後に起こる一過性の神経機能障害
●野球では「モノ」「人」「フェンスや地面」との接触によって起こる
●脳振盪かなと思ったときは「脳振盪10の徴候」と「レッドフラッグ」をチェックする
●「レッドフラッグ」は一発退場。一つでもあれば救急車を要請しよう
●受傷後24時間は必ず誰かが付き添って様子を見る。一人にしない。
●野球は比較的接触プレーの少ないスポーツだが、脳振盪についての知識はしっかり理解しておこう