「野球王国」復権へ。四国地区監督会準備会設立
厳しい現実打破へ動き出した四国地区
愛媛県高野連監督研修会会場
「1勝4敗、1勝4敗、2勝6敗、3勝5敗。合わせて7勝19敗」。
この数字の表すところが即座に判った方はかなりの高校野球通だ。答えは過去3年間の香川県、徳島県、愛媛県、高知県。そして四国勢の通算勝敗。中には驚かれる方もいるかもしれないが、数字は残酷なまでに現実を物語っている。
過去に春15度(徳島県5、愛媛県4、高知県3、香川県3)、夏11度(愛媛県6、香川県2、高知県2、徳島県1)の全国制覇に輝き「野球王国」の名をほしいままにしてきた四国勢。
だが、近年の全国制覇は春では2004年・第76回大会の済美(愛媛)、夏に至っては2002年・第76回大会の明徳義塾(高知)までなし。さらに言えば2007年春の室戸(高知)、夏の今治西(愛媛)のベスト8を最後に甲子園8強からは遠ざかり、複数勝利すら2008年春の明徳義塾以後現れていないという危機的状況が続いているのだ。
もちろん、この低迷をよしとしている四国地区の高校野球関係者関係者は誰もいない。迎えた2012年。この厳しい現実を打破すべくついに具体的行動が始まった。その発信元は悔しさを最も現場で感じてきた監督たちである。
四国地区監督たちの熱気に沸き立つ道後
八幡商(滋賀)への視察報告(八幡浜・中岡隆児監督)
愛媛県内硬式、軟式野球部の監督たちをはじめ指導者が報告に聴き入る中、例年通り進む研修会。ただしその後方には会場内に人々がひしめく例年とは異なり、35人分の机が人待ち顔で並んでいる。
その謎は開会から2時間後に解けた。松井秀喜(オークランド・アスレチックス)の星稜高校時代の恩師として知られる山下智茂・星陵高校野球部名誉監督・甲子園塾塾長による講演前の休憩時間。35人分の机は突如埋まり始める。
香川県からは松本竜也(巨人ドラフト1位)を輩出した英明・香川智彦監督。95年・第67回センバツで観音寺中央を初出場初優勝に導いた丸亀城西・橋野純監督など20名。徳島県からは里崎智也(千葉ロッテ)をはじめ数多くのプロ野球選手を育てた鳴門工・髙橋広監督、21世紀枠で出場した2年前のセンバツで神宮大会優勝校の大垣日大(岐阜)と互角に渡り合った川島・北谷雄一監督ら14名。そして同日に高野連関連行事が開催された高知県からは代表として、普段の会話から四国高校野球の衰退を憂っている明徳義塾・馬淵史郎監督。四国各地から松山まで足を運んだ名将、知将、そして若き指揮官。よってにぎたつ会館は道後の湯も沸き立つような熱気に包まれていった。
「指導者が変わらないと選手は変わらない」
山下智茂・星稜(石川)名誉監督・甲子園塾塾長
休憩後にスタートした、山下氏の講演テーマはこれである。その内容は昨夏、氏がGMを務めたアジアAAA野球選手権の選手18名は「明治神宮大会、センバツ、夏の甲子園で負けた際に選手たちが見せた品格をみて選考した」話が最初。
続いて「今の子どもたちは叱られたことがない。だから一年生では叱られ方を教えることが大切」。「技術で一番大事なのはキャッチボール。受ける側がミスをミスに見せないように動いて胸元にボールを持っていくこと。ミスしたら『スマン』と謝る。危険を認識する。いいボールがきたら『ナイスボール!』と声をかける。こういった心のキャッチボールができれば人生もうまくいく」といった人生訓も交えた指導論が展開されていく。
「県立校に落ちて下を向いている普通科の生徒に自信を与えるために、甲子園にいこうと思ってはじめた」
山下監督の現役監督時代や監督引退後の秘話にも話は及んだ。まずは現役時代。ライバルをイメージさせるために「箕島」、「PL」、「大阪池田」とユニフォームに大書きしてノックを打ったこと。「やるからには人のできないことをやろう」と、易学や地域ごとの体力的特徴も採り入れてスタメンや守備位置を決めたこと。
また、79年夏の第61回大会・あの箕島(和歌山)との延長18回の闘い(4対3で箕島サヨナラ勝ち)にて勝利目前で落球した加藤直樹一塁手がその後、監督が気付かないままグラウンドの上に家を建て、選手たちの様子を見守っていた話。また監督引退後、2回目となる当時のOB戦で、最後に監督同士が対戦し、箕島・尾藤公元監督(元甲子園塾塾長・故人)が打ったファーストフライを加藤さんが捕って星陵が勝利し、両チームが泣きながら加藤さんの前途に乾杯したこと。
最後は松井秀喜、小松辰雄(元中日)といったOBと共にベトナムで野球の支援をした結果、野球外の国際問題も知ることができたエピソードについて触れ、「世界に通用する人材を育てようとすると、もっといい野球ができる」というアドバイスで講演は締められた。
このように38年にわたる高校野球指導者生活を全て包み隠さず伝える山下氏の話は、まるで現在における四国高校野球の問題点を指摘し、教示を与えるような内容。四国地区の監督たちも氏の話に聴き入り言葉を書き留めていく。そしてふと目を遠くに向けると・・・。名将と世間から称される明徳義塾・馬淵監督もしっかりとノートを取っていた。
2016年「四国地区高校野球監督会」正式設立へ
平岡徹・愛媛県高野連会長のあいさつ
「最近、甲子園での四国勢の成績が上がっていません。その1つのカンフル剤になればと思ってこの会を立ち上げることにしました。今年は愛媛県高野連監督研修会に合わせて皆さんに集まってもらいましたが、今後は4県を回って色々な意見を聞きながら1つの形にしていきます。四国が1つになって、野球王国復活のお力添えをできればと思います」。
さらに髙橋会長は監督研修会終了後、報道陣に対して、改めて会を設立しようとした理由と、未来構想を語った。
「四国勢が低迷している。そこがこの会を設立しようと思ったベースになっています。そして今はなかなか若い監督がベテランの指導者に聞きに行けない状況が生まれている。ならば、一同に会すればいいんじゃないかと。
まだ各県高野連や監督さんの意見を聴くなど、色々な課題があるので、正式成立は4県を一周した後、2016年のこの場になるとは思いますが、初日はこのような研修会をして、翌日は現場での指導者講習会のような形が理想ですね」。
その表情には「他県以上にずっと勝てていない危機感から(注:徳島県の甲子園ベスト8は2005年夏の鳴門工以来なし)」徳島県高校野球監督会会長として監督会をまとめあげ、2009年に「体力技術研修会」開催を実現。さらに豊富な人脈を駆使し、昨年は徳島県高野連とも連携しながら秋季徳島県大会優勝校沖縄県派遣事業を実行した結果、昨年は徳島城南が出場した春、徳島商が出場した夏ともに1勝。国体では徳島商がベスト4進出の実績に結び付けた自信がみてとれる。
こうして野球王国復活へ歩みは小さくとも大きな決断をした四国の高校野球界。まずは山下氏の講演を受け、各校がどんな変化を見せるか。これから3年間をかけ残り3県を巡回する「準備会」の行方とともに注目していきたい。
(文=寺下友徳)