千原台vs熊本商
一丸の勝利
熊本を代表する右腕・森川祐至の前に、千原台の打線は3回を終えたところで0点。2回には森川を相手に許したくない先制点を与えてしまう。しかも打者一巡を終えた時点で、ひとりの走者を出すこともできない。
試合序盤の森川は3回まで直球のアベレージスピードが140キロを超え、スライダーやフォークといった縦の変化でもストライクを稼いでいく。「真っすぐ狙い」の千原台に対して、とくにこの変化球の制球力は大きな武器となった。
しかし、春季大会後に怪我で長期戦列を離れ、ほぼぶっつけ本番で夏を迎えた森川のスタミナ不足に付け込むべく、後半勝負というプランを立てている松岡順一監督と千原台ナインは動じない。
4回に一死から2番・濱口一樹がチーム初安打で出塁すると、ここから千原台の上位打線が3連打。二塁走者の濱口が本塁憤死を喫して無得点に終わったが「充分に相手になる投手だ」という自信がナイン全体を包んでいくのだった。
0対3で迎えた8回には、一死満塁と森川を攻め立てた。打席には、チーム初安打の濱口。
「まず1点を取れば流れは完全にウチのものになる」と読んだ松岡監督は、器用な濱口の打席でスクイズ決行を想定していたが、森川は初球の直球、2球目のスライダーをいずれも厳しいコースにコントロールし、簡単に0ボール2ストライクと投手有利のカウントを作った。
「あのあたりが、森川くんが一流投手と言われる所以(ゆえん)でしょう。ウチの手は完全に塞がれてしまったのですから」と松岡監督。
濱口は結局、直球を振らされての空振り三振。続く3番・山口達也も外角低めの直球を空振りし、千原台は絶好の反撃機を潰してしまう。打席でバットを叩きつけんばかりに悔しがる山口だったが、ベンチの松岡監督は「やはり森川くんは相当に消耗している。9回でなんとかなるだろう」という希望を抱くのだった。
実際に森川はこのピンチを凌いだことで、力を使い果たしたと言ってもいいだろう。7回に右足をて攣っていたのである。
「(大里尚純)監督には言いませんでした。迷惑や心配もかけるし、そのことで調子を崩したわけでもなかったので……」と振り返った森川。8回を終わった時点での球数は125球に達していた。
9回の千原台は一死三塁からの一塁ゴロの間に1点を返したものの、二死となって走者はいなくなった。
それでも2四球と短打によって二死満塁とし、1番・志水駿太がライト前ヒット放って二者が生還し、試合終了間際で同点としたのであった。
延長10回は途中出場の髙山昌樹がセンター前へサヨナラ打を放ち勝負を決めた。この試合で森川が投じた175球目だった。球威が落ちているとはいっても、[stadium]藤崎台県営野球場[/stadium]のスピードガンは138キロの計時である。熊本を代表するといわれた速球王の“らしい”最後だったと言えなくもない。
それにしても、千原台は総力戦の末に得た苦しい勝利だった。9回に二死からセンター前ヒットで同点機を演出した8番・松岡裕稀は、背番号10を背負った本来であれば控えの選手だ。投手3人を動員し、サヨナラのヒーローは途中出場の2年生である。
本格派投手攻略には、チーム一丸は絶対不可欠だと思い知らされた2時間21分となった。
(文=加来慶祐)