日大三vs佼成学園
手の届きかかった甲子園
あと一人を打ちとれば、38年ぶりの甲子園出場が決まるという佼成学園だったが、そのあと一人を取り切れず、十中八九、手の届きかかった甲子園を逃した。改めて勝負の非情さ、厳しさを思い知らされた。「勝負は、下駄を履くまで分からない」、「野球はツーアウトから」という言い古された野球の格言を、改めて実感することになる試合だった。
日大三は斉藤風多、佼成学園は大会直前にエースナンバーをつけている今井力基が投げられない状態になって、この大会は一人エースとして投げ続けている磯崎紀大の先発で始まった。打撃力の日大三と、機動力を絡めた攻撃の佼成学園で、正直4~5点の攻防になるだろうと予想されていた試合だった。両監督も、5点勝負という試合だった。
昨夏の甲子園優勝校でもある日大三は、「優勝旗を全員で返しに行くこと」を目標に2年連続の出場を目指す。それだけに、思いは強いはずだ。しかも、新チームとなっての秋の大会は、ブロック大会で敗退して、都大会にも進出できないというところからのスタートだった。一方、佼成学園は近年着実に実績をあげてきて、新ユニホームに変えた今大会、東京大会が東西となった年以来の38年ぶりの出場を狙えるチャンスが訪れたのである。
そんな両校の思いが交錯したのか、立ち上がり、どちらもいくらか硬いなという印象だった。普段ならあり得ないようなミスもあったが、お互いに何とか0で切り抜けた。そして迎えた2回の佼成学園。一死から6番猪野和也がセンター前ヒットで出ると、すかさず二塁へ盗塁。越後育海のセンター前ヒットで一、三塁とすると、8番に入っている磯崎自らがセンターへタイムリーを放ち先制した。
もちろん、この段階ではこの1点から試合が動いていくのだろうという感じだった。
ところが、試合の進行とともに徐々にこの1点の存在が重く大きくなってきた。それは、追いかける日大三はもちろんのこと、佼成学園としても好機を作りかかりながらもなかなか得点に至らないこともあって、いつしか気持ちの中でどこかで、「この1点を守りきらなくては」という意識が芽生えてきていたのかもしれない。
投手戦というよりは、お互いがあと一つ攻めきれない、どちらかというとジリジリとしてくるような試合展開だった。やや力んで、打ちきれない日大三打線だったが、四死球の走者は貰っていた。しかし、盗塁を仕掛けると刺されたり、送球妨害をとられたりと、試合の流れとしては、決していいものではなかった。
佼成学園の磯崎投手も、0に抑えているとはいえ、四球も多かった。それだけ、球数も増えていくということになった。3回を除いて、毎回走者を許していたが8回、2番河津和也に四球を出したところで、藤田直毅監督は思い切って1年生の渡邉弘輝を投入して、磯崎を外野に下げた。渡邉は2四球を与えるなどで苦しみながらも、2死満塁を何とか凌いだ。
佼成学園としてはこの試合で最大のピンチを凌いだ。次の回は、日大三の攻撃も8番からということで、38年ぶりの甲子園がかなり具体的に見えてきたのも確かだった。
こうして、結局1対0のまま迎えた9回、佼成学園は渡邉が続投。先頭をキャッチャーフライに抑えてあと二人。しかし、ここで四球を与えてしまう。それでも、藤田監督はそのまま渡邉投手に託した。1番森龍馬を内野フライに抑えてあと一人となった。続く、河津に対しては四球で一、二塁となる。そして迎えた金子凌也主将。ここで自分が打たなければ、深紅の大優勝旗を一人で返しに甲子園へ行くことになるのだが、「最後は、自分が何とかしなくてはいけないと思っていましたから、思い切り振りました。打った瞬間は、打球が抜けてくれと思って走っていました」という打球は右中間を破って二者を還した。最後の最後で日大三の底力が示された。
劇的な勝利に、いつもは冷静沈着な名将小倉全由監督も、試合後はさすがに感涙にむせぶくらいに気持ちが高ぶっていた。「監督を長いことやっていますけれども、こんな試合は……、初めてです。今日は、選手が、勝たせてくれました。自分がベンチで、どうしようかと悩んでしまっていたこともあったのですけれども、本当にいい選手に恵まれたと思います」と、最悪のスタートから甲子園までたどり着いた選手たちの頑張りを評価していた。
最後に、逆転打を放った金子主将は、「去年に続いて、監督を男にしたいと思います」という言葉で締めくくった。連覇へ挑戦する権利を得たことで、甲子園へもう一度気持ちを作り直して挑めるということになった。
これに対して、ほとんど手元まで手繰り寄せていた甲子園をスルッと逃してしまった佼成学園。藤田直毅監督は、「甲子園は…、遠いですね。やはり、11四死球では、野球の神様は許してくれませんでした」と、肩を落とした。それでも、「8回の勝負どころで、1年生の投手を行かせたのですが、磯崎も7回8回で球の力が落ちてきて、限界かなというところで送り出したのですが、よく投げてくれました。9回の四球は責められません」と、選手たちを労った。
大会突入直前で、もう一人のエースとして予定していた今井投手がリタイアということになってしまったことに対しては、「今井の気持ちが乗り移ったかのように、磯崎の制球がよくなって、ここまで来られました」と、この大会をほぼ一人で踏ん張って投げ続けた磯崎投手に対して、その精神的な部分の成長を評価していた。また、今井投手に対しては、「一生懸命リハビリもしていたし、甲子園に出られれば間に合ったかなぁ」と語る藤田監督の表情に、いくらか無念さが表れていた。
それにしても、こういうことがあるのが勝負の世界。「また、秋から作り直します」と、藤田監督は語っていたが、この繰り返しもまた、高校野球なのだ。
(文=手束仁)