肩の機能解剖 ゼロポジションとスキャプラプレーン
こんにちは、アスレティックトレーナーの西村典子です。
オフシーズン期では体力レベルの向上とともに、体の不安部位や弱いところを強化するためのトレーニングなども積極的に行っていく必要があります。特に投手はシーズン中に負担のかかった肩のコンディショニングを入念に行うことが増えてくるでしょう。今回は肩のトレーニングを行う時に必要な機能解剖の用語(ゼロポジションとスキャプラプレーン)について説明してみたいと思います。
肩への負担を軽減するゼロポジション
図206_1
●ゼロポジション
肩関節における「ゼロポジション」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。野球の投球動作やバレーボールのスパイク動作の時に腕を挙げますが、このときにゼロポジションであることが肩への負担を軽減させることにつながると言われています。ゼロポジションと呼ばれるには2つの理由があります。
1)上腕骨と肩甲棘(けんこうきょく)が一致したポジション
肩甲骨には後面に肩甲棘と呼ばれる出っ張り部分が存在します。この棘と上腕骨は腕を挙げていくにつれて運動軸が一致するポジションがあり、そのポイントをゼロポジションと呼んでいます。個人差はありますがおよそ腕を140°程度挙上したところに存在すると言われています。ガッツポーズの状態を想像するとわかりやすいと思いますが、肩甲棘と上腕骨の運動軸が一致したところでは両者のなす角はゼロとなります。これはレントゲン撮影でも確認できます。
2)上腕骨へのひねりストレスがない
ゼロポジションになると上腕骨には外旋や内旋といった回旋ストレスがない状態となります(力がゼロ)。肩の安定性を高めるローテーターカフ(腱板のこと、以下インナーマッスルと表記)は前面に肩甲下筋、上方に棘上筋、後面に棘下筋、小円筋という筋肉が存在しますが、ゼロポジションの状態ではそれぞれの筋肉に回旋ストレスがかからないため筋緊張のバランスが保たれた状態となり、関節は安定します。こうした特性は肩関節脱臼時にゼロポジションで牽引すると比較的容易に修復しやすいというところにも見られます(図206_1)。
頭の後ろで手を組んで、そこから肘を伸ばすとゼロポジションの肢位がとれる
図206_2
ゼロポジションを維持して投球動作を行うことは、運動軸を一致させ、インナーマッスルへの負担を軽減して肩の安定性を保つことに貢献します。選手には「両手を頭の後ろで組んで、そこから腕を動かさずに肘を伸ばす」と伝えるとわかりやすいと思います(図206_2)。また投球時に「肘が下がっている」と指摘されるのは、このゼロポジションの位置から肘が下がっていることを指し、この状態で投球を繰り返すと肩だけではなく肘などにも大きな負担がかかってしまうことになります。
[page_break:スキャプラプレーンとは]スキャプラプレーン
図206_3
●スキャプラプレーン
ゼロポジションに比べると知らない人も多いと思われるスキャプラプレーンですが、これは何を指しているのでしょうか?スキャプラ=肩甲骨のことで、プレーン=面なので、スキャプラプレーンとは日本語で肩甲骨面とも言われています。肩甲骨は体の背面に位置していますが、丸みのある肋骨の上に位置するため水平面に対してやや角度を持っており、その角度は水平面から前方に30°程度あると言われています(個人差があります)。スキャプラプレーンは関節を包む関節包や靭帯のバランスが安定し、ゼロポジションと同じく上腕骨への回旋ストレスがかかりにくい機能的なポジションです(図206_3)。
投球時に腕を挙げるのはスキャプラプレーン上が望ましく、この面を外れて上腕だけが後方にシフトしてしまうと腕はスムーズに挙がりません。それでも何とか挙げようとすると肩をすくめるといった代償運動が起こったり、肩の前方に過度なストレスがかかって痛みを発症することにつながってしまいます。スキャプラプレーンは前方に30°ほどの角度を持ちますが、肩甲骨を引き寄せる内転動作を行うとその角度はさらに小さくなり、水平に近づきます。胸を張って腕を大きく振り上げるときは、腕のみを後方に引くのではなく肩甲骨を一緒に引き寄せることでスキャプラプレーン上で動作を行うようにすると、肩への負担を軽減させることができます。
投球動作を理解する上で、ゼロポジションとスキャプラプレーンを知っていると肩への過度なストレスを軽減させることにもつながります。トレーニングにおいてもゼロポジションやスキャプラプレーン上でエクササイズを行うとより効果的で、安全な動作につながることを覚えておきましょう。
【肩の機能解剖(ゼロポジションとスキャプラプレーン)】
●ゼロポジションは上腕骨と肩甲棘が一致したガッツポーズのポジション
●上腕骨へのひねりストレスがなくケガのリスクが低下する
●ゼロポジションは両手を頭の後ろで組み、そこから腕を動かさずに肘を伸ばす
●スキャプラプレーンは肩甲骨面とも呼ばれる体と肩甲骨が持つ角度のこと
●関節包や靭帯が安定し、ゼロポジションと同じく上腕骨への回旋ストレスがかかりにくい
●スキャプラプレーンから外れた投球動作は肩の前面に過度なストレスをかけやすい
(文=西村 典子)
次回コラム公開は12月15日を予定しております。